書評『命がけの証言』

・書籍情報:清水ともみ著、2021年1月ワック刊、ISBN978-4-89831-500-2)
https://www.web-wac.co.jp/book/tankoubon/1677
・著者:静岡県出身。1997年講談社『Kiss』でデビュー。子育てに専念後、イラスト動画制作に携わる。ウイグル人弾圧の実態を描いた『その国の名を誰も言わない』などをTwitterに発表。著書に「私の身に起きたこと」など。(本書著者紹介より)

 本書は作者がインターネット上に公開した作品に描きおろしを加えたもので、私もいくつかの作品には読み覚えがある。本書にも描かれているような内容は、中国政府(中国共産党政権)の「少数民族」〈299〉政策、とくに新疆地区でのそれを取り上げる(批判する)際に現地の実情として引用されることがあり、私自身もそこからアクセスしたのだと思う。

 作品の絵柄は、簡略化された表情、丸っこい顔と体形の人物がほとんどで、証言者であるウイグル人の特徴からはほど遠いし、版元の内容紹介にあるような「ナチス・ヒトラーにも匹敵する習近平・中国共産党による弾圧」のイメージからもかけ離れている。作者としては、マンガという手段なら、悲惨な証言にも興味を持ってもらえるだろうという動機から作品にすることを思い立ち、あえて素朴とも言える画風を使っているようだ。

 しかし、ストーリーおよびその基となるウイグル人たちの証言を併せ読むと、シンプルな絵柄の奥の惨状・恐怖が浮かび上がる。証言を具体化するようなリアルな絵柄は、とても正視に堪えないだろうと思えてくる。そのくらい、証言される経験、実態は悲惨で恐怖に満ちたものだ。

 本書の証言が浮き彫りにする新疆ウイグル自治区〈299〉の実態は、かいつまんで言うとこうだ。

 至るところに監視カメラが設置され、人びとの行動は逐一政府に把握される。そこで不審な動きがあればもちろん「当局」へ連行されるが、不審でなくても、たんにウイグル人だというだけで連行されるケースも多々ある。なにぶん、純粋な信仰にもとづく礼拝や宗教行為であっても、集会・集団行動は中国においては反国家的行為とみなされてもしかたがないのだ。

 連行されたあとは正当な取り調べと釈放は望むべくもない。ほとんどは再教育施設という名の強制収容所送りだ。そこでは囚人かそれ以下の待遇と再教育が待ち構えている。虐待やそれによる致死は茶飯事で、仲間が虐待されても心を殺してやり過ごさなければ自分が危うい。そうやって耐えても、いつ釈放されるかはわからない。なにせ、どんな罪を犯したのかさえわからないのだから。

 女性はときとして看守らの性的虐待の対象となる。その結果妊娠すれば、施設外に放り出されるか、口封じのため(であろう)施設内で病死したことにされる。

 およそ、収容された人々がどうなっているかは調べようがない。多くは「再教育」の名のもとに強制労働に従事させられ、あるいは強制的に移住させられる。衰弱死あるいは虐待死すれば「病死」として扱われるだけ。まれに、当局にとって利用価値のある人で模範的な行為が続けば釈放されることもあるようだが、施設外に出ても監視は続く。

 そもそも新疆地区全体が、監視カメラでがんじがらめにされた巨大な監獄と同じだ。

 家の中でも安心はできない。治安維持を目的に居住空間にも監視カメラが設置されている。さらに、「親切な親戚」という名目で、見ず知らずの漢民族がそれぞれの家庭に配置されている。女性だけの家庭に男性の漢民族が配置されることもある。

 本書の証言は、これらの政策と措置はすべて「ウイグルの血を薄めるため」だと表現している。

 本書では、黒人に対する同情の目はなぜウイグル人には向けられないのか、とも問う。ひとりの人間としての権利と自由という観点で言えば、たしかにウイグル人は極度に制限されたものしか持ち得ない。そして、死にも至る虐待はいつでも起こり得るのに、世界(欧米など自由主義国家)でそれを問題視する動きは緩慢だ。ことに日本では。

 最も留意すべき点は、こういった政策はウイグル人に対してだけ行われているのではないということだ。その時代に取り得る最も過酷な方法で、中国共産党はチベットで、その他の「少数民族」地域で、同じような措置を繰り返してきた。新しいところでは香港もそうだ。もし台湾が「併合」されれば、香港で行われたことはさらにスマートな方法で台湾でも行われるだろう。それが可能と判断するな時期がくれば、おそらく沖縄に対しても、そして日本に対しても。いやすでに水面下で一定の「措置」は進んでいるかもしれない。

 私自身中国政府の少数民族および周辺国・地域への政策にずっと関心があって、関連する書籍や記事は比較的チェックしていることもあり、本書が描き出す内容はある意味既視感がある。ものすごく簡単に言えば、本書に書かれているウイグル人への弾圧は、中国政府(および中国共産党)が支配対象とする地域や民族に対して行ってきたことの延長だ。そして、質(たち)の悪いことに――と言っていいと思う――、最新のIT、DXやAIの技術を十二分に駆使することで、その「完成度」を限りなく高めている。

 本書のタイトル『命がけの証言』には字面どおりの意味が込められている。証言をした人々は、いま中国外で生活してはいても、中国からの監視、ときに脅迫は続いている。国内に残された家族とはほとんど連絡が取れない。それでも彼ら彼女らは、自らの民族と生まれ育った土地のために、誇りをかけて証言をし、多くは真実を伝えるための活動を続けている。

 見えないもの(可視化されないもの)は存在しないこととほぼ同義だ。もうひとつ言えば、見ていないものも。私たち日本人は、ウイグル人の状況をないものと思おうとしているのかもしれない。そんな意識のうえに築かれた安寧を、日本はいつまで享受できるのだろう。

〈299〉中国では漢民族以外の民族を「少数民族」と定義するが、本書では本来別の国であったとして「ウイグル人」と書いている。同じ観点から、新疆ウイグル自治区を「東トルキスタン」と呼ぶ証言者も紹介している。ちなみに自治の定義はさまざまだろうが、「自治区」という名称が滑稽に思えるほど現地の人権弾圧は酷(むご)い。

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