つぶやき もうひとつのお別れ(前編)
前項「気持ちを切り替えて…」でnoteの方もそろそろ以前の続きに戻らねば、とつぶやいたばかりだが、つぶやきついでにもうひとつ。
考えてみれば今年の前半、ちょうど上半期の区切りを待ったかのように、わたしに一種の諦めを迫るようなできごとが続いた。四半世紀以上つきあってきた小さな部屋とのお別れについては、少し前に「あるお別れ」で述べた(これは、自分で手放そうと決めて行動した結果なのだが、いざなくしてみるとそれなりの喪失感がある、というお話)。
このところずっと綴っているように、母親のミヨ子さんがついに介護施設に入所しふだんの様子がわからなくなったことも、ある種のお別れと言えそうだ。ミヨ子さんの入所でわたしのほうがナーバスになっているのは、ほかにいくつかの「お別れ」がたて続いているせいもあるかもしれない。
けっこう堪えているそういった「お別れ」のひとつは、地元のお煎餅屋さんの閉店である。
この辺りに引っ越してきて15年くらいになるが、そのお店のことは当初全く知らず、「地元のお土産と呼べるものがないなぁ」と思いながら、少し足を延ばしたり、ターミナル駅のお土産売り場でお茶を濁すこと数年。住み始めてから知り合った方からこのお煎餅屋さんの存在を聞いたのだった。
そこは間口2間もないくらいの小さいお店。カウンターのガラスケースには、手焼きの丸いお煎餅が何種類も並んでいた。スタンダードな醤油味からザラメをまぶしたもの、生地に黒ゴマを混ぜ込み香ばしく焼き上げたもの、海苔を巻いたもの、砂糖がけ、抹茶がけ、唐辛子風味などなどだ。そして目を引いたのは、カウンターの反対側の棚に所せましと積み上がった、数十種類の小袋入り「あられ、おかき」の類。
わたしはもともとあまりお煎餅の類を食べない。このお店に入ったのも、手土産用のお煎餅を買うためだった。うまいぐあいに手焼き煎餅が7枚ほど入った小ぶりの箱も用意されている。それを必要個数包んでもらい、試しに小袋のおかきを買い、精算しながら何気なく
「こんなにたくさんの種類のあられやおかきを、こちらで作ってらっしゃるんですか」
と訊いた。手焼き煎餅を売りにするお店でも、袋入りのあられやおかきはほかの製造元のものを置いてあるお店が多いからで、悪気があったわけではない。ところがご主人は
「もちろん全部うちで作ってるよ」
と、いかにも不機嫌そうに答えた。それが、ご高齢の夫婦が営んでいるこのお店との出会いだった。
以来 、手土産が必要なときはほぼ毎回このお店に寄った。仕事用ではないので――まれに仕事相手であっても経費請求できるような身分でもなかったので――自腹である。だいたいがいちばん小さい箱(通い始めた頃は消費税込みで500円ぐらいだったと思う)で、たまに、相手によって箱が大きくなった。
そのうち、帰省土産もここで買うようになった。1回の帰省で何人もの知り合いに会うので、相手と数によってさまざまな種類の箱詰めを買った。ついでに大きな段ボール箱を分けてもらってそれに入れて持ち帰り――店から家まで、数kgの荷物なら抱えて帰れる距離にある。そもそも煎餅やおかきは軽い――、ほかの荷物も詰めて宅配便で送る、というのが帰省のときのルーティンにもなった。
高校時代の恩師の奥様が亡くなったとき、お悔やみの品を包んでもらったこともある。弔事用ののしをかけてもらったが、ご主人は思いのほか達筆で、お悔やみの気持ちがより伝わる気がした。(後編へ続く)
※写真は買いだめしたお煎餅類。