最近のミヨ子さん 介護施設入所後、その九

その八より続く)
8月8日(木)ミヨ子さんの転院の日。
 退院と転院先での入院に関わるすべては、お嫁さん(義姉)がやってくれることになっていた。入院していた鹿児島市立病院での退院手続きは午前中のはずだから、時々スマホをチェックしつつ、じりじりしながら連絡を待つ。昼を回っても連絡がない。

 市立病院はいつも混んでいるから、手続きが遅れているのかもしれない。移動には介護タクシーを使うようだが、お嫁さん自身は自分の車で追いかけるはずだから、移動中かもしれない。転院先での手続きに時間がかかっているのかもしれない。お嫁さんも、途中で昼ご飯を食べたいだろうし。

 もしや何か事情があって退院がまた延びたのでは? いやいや、そんな突発事態の場合は、さすがにすぐ一報をくれるはずだ――。

 などといろいろ考えているうちに夕方近くになり、予定していた用事をしに外出した先で、孫娘(姪)からメッセージが入った。
「転院先の病院でお母さんと合流してお医者さんの説明などに同席しました。お母さんが疲れてるので代わりに報告しますね」

 共感力が高くやさしいこの孫娘はおばちゃん(わたし)にとっても自慢なのだが、ほんとうに気が利く。しかも「報告」は、スマホのメモアプリに入れた文章をスクリーンショットした数画面だった。長い動画も1本入っていた。

 結論から言うと、ミヨ子さんは予定どおり転院できた。

 心配されていた感染症による影響や腎機能に関する数値は、市立病院での治療を経て安定しているとのこと。しかし、食事を十分に摂れていないことと、点滴を無意識に外すため脱水症状気味。転院後は体力回復と、自力での摂食、上体を起こせるようになることが目標のようだ。その先の介護施設再入所については、今後の状況次第というところらしい。

 孫娘の報告を基にこの日の状況を振り返ると、退院手続きは淡々と進んだようだが、介護タクシーが予定より大幅に遅れて到着した。ミヨ子さんがストレッチャーに載せられて車に「積み込まれる」動画が、あとでお嫁さんから送ってきた。

 転院先は、ミヨ子さんが同居してきた息子のカズアキさん(兄)宅からもほど近い。何より、施設入所前からの主治医であり、施設が提携する医療機関でもある。

 ここではレントゲンや血液の検査などのあと、「回復室」と呼ばれる部屋にとりあえず入った。孫娘が送ってくれた動画は検査前の待ち時間に撮影したものだった。

 動画の中で横たわっているミヨ子さんは、転院のために私服に着替えていた。夏向きの花柄のシャツは見覚えがある。一時期は「このまま消えてなくなるでは」と思えるほど衰弱していたが、まだ痩せてはいるものの、しっかりした表情になっていた。病院のパジャマではなくふつうの服を着ていることも印象を左右している。

 動画からは撮影している孫娘の声がさかんに聞こえる。「ばあちゃん、会いにきたよー。よくなったからもう市立病院じゃなくて、家の近くの病院に移ったんだよー。面会もできるみたいだから、また来るねー」などなど。

 お嫁さんは「二三四ちゃんから手紙が来てるよ」と、わたしが速達で出したハガキをバッグから取り出して見せた。目の前に差し出された絵ハガキに書き込まれた文章――とても簡単なものだが――を、ミヨ子さんはちゃんと目で追っている。

 お嫁さんはさら「声に出して読んでみて」と促す。高齢の病人に酷ではないか、とも思ったが、ミヨ子さんは動画には録音されないくらいの声量ながら、文字をひとつずつ追って読み上げている。ハガキを出したほうとしては、胸に迫るものがある。

 動画はお嫁さんの「ちゃんと食べてね。全部食べないと元気にならないからね」という声のあと、ミヨ子さんにマスクを着けるところで切れた。(その十へ続く)


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