タンホイザーの涙 テノールとの対立Ⅳ

その年最後の演奏会が終演して一週間後、年の瀬の楽団部屋大掃除の日となった。先の演奏会で現役を退いた先輩をはじめ、時間に都合のついた楽団員が集まった。叶女は出席していたが、三木の姿は無い。その他、同期ではトランペットパートの女子が来ていなかった。我聞にとっては演奏会後の打ち上げで一夜を共にした仲である。大掃除への参加の意を聞いていたわけでは無かったが、我聞は少し寂しい気がした。

楽団部屋は二つに分かれていて、大学の他のサークルと同様の部屋と楽器保管部屋がある。楽器保管部屋に積もったホコリ掃除はもちろん、演奏会準備で散らかった部屋の整理整頓も必要であった。この大掃除から次年度の部長が音頭を取る。女子の人数が多い管弦楽団であることからテキパキと掃除が進んでいった。次年度、副部長を拝命されている我聞は同じところばかり箒で掃いては暇を持て余していたが、すぐに叶女に見つかった。演奏会で出し入れしたばかりの打楽器群、壊れかけの電子ピアノ、練習用の折り畳み椅子を全て廊下に引っ張り出し、部屋の隅々まで箒で掃いてから雑巾掛けを行った。意地でも我聞は雑巾に触れなかった。そのことについては叶女から咎められることは無かった。我聞の妙な潔癖のあるところを既に理解し、呆れているだけなのかもしれない。ゴキブリの死骸やらが出てくることは毎年のお決まりであり、女子達は騒ぐことなくそれを片付けていく。1年生は初めての楽団部屋の大掃除になるはずだが、先輩達が騒いでいないこともあってか全く取り乱す素振りは見せなかった。また、勉強以外は飽くまで己の趣味として力の抜けている桜井は掃除の最中もいつもと変わらず談笑に興じていた。無論、高い位置の掃除は桜井のようなタッパのある男に役割があることから除け者にされることは無い。楽団員が全員来たわけでは無いものの、大掃除はテンポ良く作業が進んだ。
予定よりも1時間ほど早く大掃除が終わり、我聞は再び暇になった。別にその後の予定は無かったわけだが。年始の講義で提出予定のレポートは既に下書きを終えており、後は清書を残すのみだった。帰宅後の行動をぼんやりと考えながら我聞は帰り支度を済ませ、大学正門前の自転車置き場に向かう途中、後ろから声をかけられた。「我聞、時間空いてたら飲みに行かないか?」我聞に桜井の急な申し出を断る理由は無かった。

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