タンホイザーの涙 エピローグ

キャンパス内の学生担当事務局と図書館が併設された建物横にある大きな桜が満開に咲き誇っている。薬草園では沈丁花がとろけるような甘い香りを漂わせていた。
そんな新しい季節の訪れを歓迎するキャンパスのメインロードを、さまざまな思惑を抱いた新入生たちが練り歩いている。入学早々にできた友達と談笑する者、シラバスの見方が分からず不安な表情を浮かべている者、仮面浪人を決めて周囲を見下している者、希望を胸に膨らませている者、そこに幾つか少し大人びた顔が見えるのは新入部員獲得に息巻いているサークル活動の面子である。夕方には新入生歓迎を兼ねた飲み会をセッティングしている。
慌ただしく動いているのは学生だけではない。新入生の対応に追われる学生担当事務局員、新入生の顔と名前を一致させようと奮闘する教務主任、新入生だけでなく新たな卒業研究生を抱えることとなり資料作成に追われる教授をはじめとする指導者陣営。麗かな陽気とは相対するように大学内では誰もが忙しなく動いている。
戸川もそんな教授のひとりだった。同年代では見てくれに気を使っている戸川であっても四月の忙しさは目の下にクマを作りだしていた。コンパクトの鏡を見た戸川はため息を吐いた。切り替えて新入生用の資料に目を向ける。新入生に向けたアンケート項目の一つに目が留まった。"あなたは臨床検査技師課程を志望する予定ですか"ーーーーーーーー。
戸川は再び資料から顔を上げると紺色の眼鏡を頭にかけて窓の外を見た。霞みがかった空と桜のコントラストに心奪われるのだった。「あの子、京都でも上手くやっていけているのかしら」
そのとき、教授部屋のドアがノックされた。戸川はどうぞ、と声をかけると眼鏡をかけなおして訪問者を迎えた。

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