タンホイザーの涙 テノールとの対立Ⅲ
先輩方の現役団員としての最後の演奏会は無事に終了した。気まぐれ指揮者は流石に演奏会の日程が近づくと土壇場で練習に来ない、ということは無くなり、終わり良ければ全てよしとはよく言ったもので先輩方のフィナーレを美しく飾るブラボーの掛け声が響き渡った。大変なのは次の代、つまりは我聞を含めた後輩達であった。先輩方やエキストラが聴衆のお見送りや写真撮影に明け暮れる中、我聞達と手伝いを申し出てくれたOB・OGの卒業生達と共に片付けに取りかかった。ティンパニをはじめ、殆どの打楽器、弦楽器ではコントラバス、家まで持ち帰る人以外のチェロ、管楽器ならチューバ、トロンボーンと重たい金管楽器を4トントラックへと載せていく。それに加えて、ハープはトラックではなくレンタル業者のバンに慎重に積載する作業まで付いてくる。そのレンタル業者へのお礼と配送費、領収証の確認と細々とした役割は目が回りそうな勢いであった。「ありがとうございました!」大きな声でトラックとバンを送り出す。これで終わりではない。大学で楽器の受け取り作業が残っている。トラックよりも先に大学に到着して、守衛にトラック通行許可証を提示して狭い正門を広げ、楽団員室までトラックを導く必要がある。トラックから楽団員室は事もあろうに4階までの階段を上り下りする必要がある。したがって、その作業は男手が主になる。もちろん女性陣が運搬できないことは無いが高校までの吹奏楽部と違い、弦楽器担当には鍛える機会は自分から作る以外には無い。ましてや弦楽器担当の女子で腕っ節に自信のある者は一人もいなかった。この年から入団を決めた叶女は誰もやりたがらない"鼻つまみ部署"といっても過言では無い楽器運搬担当に自然と配属された。しかし、我聞と桜井は男手でありながら、演奏会の運営担当の都合上、演奏会場及び打ち上げ場所の準備を担っていたことから楽器の積み下ろしには携わらなかった。内心、我聞はティンパニを運ぶには心許ない細い腕をさすり、胸を撫で下ろしていた。当然の如く三木は、しおらしい乙女よろしく人をアゴで使うように待機場所から動かず指示出しばかりの部署を担当していた。そのこともあってか、叶女の怒りは三木個人から同期のヴァイオリンパート3人に波及していった。無事に楽器搬出をはじめとする殆どの役割が終了し、打ち上げが開かれた。楽器運搬組は後から打ち上げに参加し、団長の挨拶の後、引退する団長をはじめとした先輩方に花束と色紙のプレゼントが渡されて冬の演奏会に関わる全てのイベントが終了した。ここから一週間ほどの休みの後、団員部屋の大掃除が始まるわけだが、休みの間に次年度の管弦楽団の活動に衝撃をもたらすであろう計画が着実に進行していたのだった。我聞はこのとき、異変に気づくことができていれば最悪の事態は防げたのかもしれない。いまさら何を弁明しようとも全ては後の祭りであるが。