タンホイザーの涙 第3幕の休息
水を注いだタイミングで2人の注文した品が供された。桜井は鶏白湯ラーメンの大盛り、古舘は塩ベースの鶏白湯ラーメンであった。桜井はこの店のラーメンがお気に入りだった。きらきら光を反射する醤油ベースで濃いクリーム色のスープに中太麺が絡んでいる。極上の柔らかさである鶏胸肉、低温調理された桃色が鮮やかな焼豚、茹でたほうれん草、それに刻んだ玉葱が添えられている。普通盛りだと量が寂しい感じがするものの、そこは大盛りでカバーできる。古舘の方もこの店はお気に入りであるが、さっぱりした食べ味の塩ベースを好んでいる。しっかりと鶏を感じる白濁したスープに山盛りの刻んだサニーレタスと、こちらにも低温調理の焼豚が添えられ、さらに輪切りにした檸檬がラーメンとは別に供された。途中で備え付けの魚粉とホワイトペッパー、すりごまで味変できることから食べていて飽きないこともこの店の魅力である。「それと、これ」大将は煮卵を桜井と古舘のラーメンそれぞれに盛り付けた。「大変なことあるだろうけどさ、ウチで満腹になって、頑張ってくれよな」2人が思わぬサービスに礼を言うと大将はにっこりと笑って厨房へ戻っていった。大将の粋な計らいもあって、2人は問題の話は後にして腹を満たすことにした。「いただきますっ」高校時代と変わらず2人は声を揃えて挨拶をしてから目の前の料理に向き合った。桜井は最初にスープを口にした。あぁ、美味い。水で冷えた胃に温かくとろみの効いた鶏白湯が広がった。そして勢い良く麺を啜る。とろみのついたスープが飛んでも気にしないでがっつく。玉葱を崩してスープの熱で半生になったところを麺と一緒に口に含む。美味い。古舘も美味そうに食べている。2人の顔は高校の時と変わらない美味い料理に向かう男子たちであった。「やっぱ、煮卵も美味いわぁ。ありがたいわ」古舘はサービスの煮卵に食らいつきながら言った。その顔は既に桜井を責めようとはしていなかった。このことは桜井をほんの少しだけ安心させた。もちろん、食べ終わったら今後のことをどうしたら良いか真剣に相談する。しかし今は美味い料理で腹を満たすのだ。本当は飲みながら話すはずだったが、桜井は夢中で目の前のラーメンを啜った。健康に良くないことが分かっていても、殊にここのラーメンに関してはスープを最後まで飲み干してしまう。レンゲを使わず、器を持ち上げて最後の一滴まで味わい尽くした。ちょうど古舘も食べ終わったらしい。2人分の水をコップに注いでいた。その顔は腹を満たした幸福感がある。しかし、この後どうやって桜井と話を進めようかと思案しているようでもあった。桜井は再度、水を飲んだ。やっぱりコッテリとした鶏白湯の後にこの檸檬が効いた水はくどくなりがち食後の口内をさっぱりさせてくれた。2人とも水を飲み干してひと息ついた。「場所、変えるか」古舘が声をかけると2人は店を後にした。
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