甘美な苦味#触れる言葉
カチッと音をたてて瓶が開けば、私のお気に入りの時間の始まりだ。
サクッ、サラッ、サクッ、サラッ。
スプーンで2杯。こんもりと山になった粉を優しくならし、ドリップポットを手に取る。
ほんのりした湯気とともに注がれるお湯は、みるみるうちに粉を膨らませた。
少し待ってゆったりと円を描くと、深く艶やかな雫が滴り落ちる。
「やっぱり何回見ても飽きないわ」
サーバーから視線を逸らすことなく私は呟いた。
「いくらでも見ていられるよ」
「とか言ってあんたコーヒー飲めないじゃん」
くすくすと笑いながら彼女は言う。
私はコーヒーが飲めない。
けれど、このほろ苦い香りは好きだ。
そして、コーヒーを淹れる彼女の姿も。
「あんたも淹れてみる?」
「え、別にしなくていいよ。どうせ飲めないし。淹れたことないし」
「あんたの淹れたコーヒー飲みたい」
結局彼女のその一言に折れて、カウンターの前に立った。
見よう見まねでスプーン2杯の粉をならし、恐る恐るドリップポットを傾ける。
誰がどう見てもぐらぐらと頼りなげな曲線。
ふいに、ポットを持つ私の手に彼女の温もりが重なる。
なめらかに。まあるく、まあるく。
「そう。ほら、上手」
くらくらと目がまわりそうなのは、視線の先で描かれる円のせいか。
それとも耳もとで揺らぐ熱のせいか。
適当なマグカップを取り出してコーヒーを注ぐ。お洒落なコーヒーカップはあいにく持っていない。
「飲んでみなって。せっかく自分で淹れたんだからきっと美味しいよ」
促されるまま口に含む。
香りは申し分ない。だが、思わず顔をしかめる。
「やっぱり苦い?可愛い」
彼女はまたくすくすと笑った。
「私も飲もうかな」と言う彼女にマグカップを差し出した。はずだった。
柔らかな感触。広がる苦味。
「ほんとだ、苦いね」
唇に感じる吐息は普段の甘さとは真逆で。
「でも美味しい」
いたずらっぽい瞳を光らせ、彼女はさらに一言。
「お代わりももらおうかな」
***
岩代ゆいさんの企画に参加させていただきました。
完全に「私の読みたい二人」みたいなシチュエーションですが、ゆいさんはどう感じてくれるのかドキドキです。
そして、もっと小説上手くなりたいな、なんて思いました。