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【AI文学】街路樹

薄曇りの日、街路樹の並ぶ通りを歩いていた。風は穏やかで、枝先の葉がわずかに揺れる音が耳に心地よい。道の端に立つ古いケヤキの木が目に留まった。幹にはいくつもの傷が刻まれ、誰かが昔つけた落書きが風化して読めなくなっている。それでも、その存在感は周囲の空気を静かに支配していた。

ふと、足を止める。どこからかかすかな声が聞こえた気がした。耳を澄ませると、確かに木のざわめきの中に言葉が混じっている。

「今日も歩く人が多いな」

その声は低く、けれど柔らかい。驚いて周りを見渡すが、通りにはほとんど人影がない。もう一度木に目を向けると、その幹が少し膨らんだように見えた。

「誰……?」思わず声に出す。

「私さ、この通りで一番古いケヤキだよ」

声は幹の中から響いているようだった。その声は決して怖いものではなく、むしろ優しさと懐かしさを感じさせる。

「ずっとここにいるの?」

「そうだね。人間がこの道を作る前から、私はここで風を受けている」

木はそう言って、少しだけ枝を揺らした。葉と葉が擦れ合う音が波のように広がる。

「君たち人間は、この道を歩く時、どんなことを考えているんだろう。笑ったり、泣いたり、急いだり。いろんな感情がこの通りに染み込んでいるよ」

木の言葉に耳を傾けながら、これまで何気なく歩いていたこの道を思い返す。たしかに、この道にはいくつもの記憶が詰まっている。学生時代の帰り道や、大切な人と並んで歩いた時間。どれも通り過ぎるだけの風景の中に、いつの間にか刻み込まれていた。

「でも、なぜ君はそんなに静かなんだろう?」

思わず尋ねた。木は一瞬黙り込んだように見えたが、やがて静かに答えた。

「私たちはね、静かに見守るのが役目だからさ。君たちが通り過ぎる姿を見ているだけで、十分なんだ」

その言葉に、胸がじんと熱くなった。日々の忙しさに追われる中で、こんな静かな存在に気づけることがどれほど貴重なのか。もう一度木に目をやると、幹に触れた手のひらに、木の温もりが伝わってくるような気がした。

「ありがとう、君に話しかけてもらえて嬉しい」

木は風に乗せてささやき、またいつもの静けさに戻った。通りを歩く音だけが響き、空はわずかに明るくなってきた。振り返ると、ケヤキの木は何事もなかったかのように、そこに立ち続けている。

次にこの道を通る時も、きっとまた話しかけたくなるだろう。

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