自作品を振り返って
間が空いてしまいましたが、過去作品を振り返ったまとめを書いていこうと思います
実話短編集「DATA」や「夢さよなら」の続編として書いた「時をこえて」など、ブログ内で紹介しなかった作品もありますが、これらはイベントでの繋ぎとして出したものでもあるので、別に紹介するほどでもないかな、と…
それぞれが真剣に取り組んできた作品ではあるのですが。
今改めて思うと特に20代の頃に描いた漫画は、情熱はあるけどまあ稚拙ですね
今同人界やSNS等で活躍されてる若い方々の洗練された作品を見ると、足元にも及ばないとすら感じてしまいます
また世情も変わり、世の中の価値観も日々アップデートされていくわけで、自分の古い作品は価値観が古く世間知らずな自分が垣間見えて、正視に耐えない部分がちらほら見受けられました
一番まずかったのは、当時の私が「何となく良い感じ風の話」を描ければ良いと思っていたことです
でも、どこにでもあるありふれたテーマなら他の人で充分間に合うわけで、何なら他の人の方が数万倍上手く描けるわけで…
経験不足もあってか自分だけの強みを把握できてなかったんですね
そんな私ですが、前から「心理描写が巧み、キャラクターが良い」とよく褒められました
確かに今見ても人物は多彩でよく描き分けができていると思いますが、厳しく言えばいずれも表面的。人格形成に至るくらいの深い内面にまでは切り込めていない印象でした。
もしかしたらこれは歴史創作の方がやりやすいのかも?と思います。これができると段違いにキャラが描きやすくなります。宗麟とかめちゃくちゃ描きやすい
昔の作品で良かった点もあります
作品に対する情熱や読者へのメッセージやテーマがそれなりに表れていた所です
今の自分の作品は理屈っぽくもあるので、それ思うと若い時の作品の方がまだ柔軟性はあるなと感じます
特に「川淀」なんかは無難さから離れてて何というか自由だな〜と思います
描いてて楽しかったですし
「Call」のメッセージ性は弱い私(作者)を常に励ましてくれました
歴史創作に限って言うなら、やはり「原の城」は自分の中で特別ですね
まだ歴史を扱うことに不慣れでしたし絵も話も拙いのですが、読み返してみて唯一泣けた作品です
泣きながら描いたのもこの作品だけです
次点で「私の呼子鳥」でしょうか
玉子のキャラは自分の中で上手くストーリーに繋がったし、忠興は今まで自分が描いたキャラの中で最もワクワクしながら描きました
「霊廟の扉」や「ゼンチョ」はオリジナル性が高いこともあるせいか不人気ですが、読み返すと意外に良かったですね
特に「ゼンチョ」は最も娯楽性が強いと思うので、今思えば全体をもっと緩い感じに仕上げても良かった気はします
「遠い町のムシカ」はまだ未完成なので判断はしづらいですが、今のところ順調にはきてる…と思います
こないだTwitterにあげた「風前の灯火」は特に気に入っています
大友方と田原方で視点がバラけるという点ではマイナスですが、双方の立場を描くことでストーリーに厚みを持たせられたんじゃないかと思います。
そう、マイナスが悪いわけではない
若い頃はちょっと作品のまずい部分を指摘されると自分そのものが否定されたような気になって落ち込んだりしたものです
でも何かしらマイナスがあっても総合してプラスをとれば良いわけで(そもそも誰かに刺されば良いわけで)
今までにもらった感想や意見は作品に反映するしないは別として、自らの血肉となって今の創作者としての自分を作り上げているわけで、どれも有り難いものです
自分でイマイチだと感じる部分を直す、違和感を減らす、スムーズに読ませる工夫などは確かに大事ですが、前述した「自分だけの強み」を伸ばすことも大事だなと最近は感じています
どんな些細なことでも良いので「ここだけは譲れない」という自創作における芯のような部分ではないでしょうか
だけどこれは無自覚であることも多いので、やはり作品を描き続けることが重要なのだと思います
そういった部分を積み重ねていくことで、創作者としての誇りや自信に繋がっていくのではないかと思います
かくいう私も自分の強みはよく分かっていませんが…
絵も魅力的とはいえないし、ストーリー作りも別段上手いわけではない
ただムシカにおいては「オリキャラも含め薄っぺらい人間は描かない」「キリシタンと非キリシタン、どちらの立場も尊重して描く」ことに気を付けるようにしています
これからも大事にしていきたい部分です