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MT理論

はじめに

最近、MMTという理論があるのを知った。

ツイッターを見ていると、明確にそうとは言っていないけど、どうもMMTを基礎として経済政策を主張する人がいるらしい。

たとえば、日本は自国通貨を発行しているから、経済破綻することはない。
だから、税金は安くして社会福祉を充実させるべきだ…といったような。

よくわからないがベーシックインカムを、国民全員に取り入れるべきだろうと主張する人もいる。
その場合、財源があるのか疑問なので、やはりMMTのような理論をベースにしているのだろうかと思ったりもする。

そのMMTとはいかなる理論なのか、ちょっとだけ調べたこともあるが、数行で挫折した。

なので、僕はMMTを批評するには値する人間でないことを最初に断っておく。

第1章 通貨の起源

通貨は「貸し借り」を数値で表したものではないだろうか。

昔から言われている通り、人類が始めた取引の方法として、最初は通貨はなく、物々交換が行われていただろう。

交換の必要性は生物として絶対欠かざるべきもの、すなわち食べ物にある。

人類以外の生物は自分の食べる分だけの食料を、自分で調達する。

生きるために必要な行動、使う時間は、ほとんど食料を調達するためのものだ。

しかし、人間は違う。

人間が他の生物と違うところは、言葉があること、火を使うこと、道具を使うことなどと言われる。

また、農耕を発明したことなどもあるだろう。

さらにもう一つ重要な要素がある。

それがお金、通貨の発明だ。

お金がなんのために出来たかと考えると、それは食料を効率的に得るためであろう。

最初は狩猟にせよ、採集にせよ、一人一人が自分の食べる分だけを調達して、食べるということをしていたのは、間違いないだろう。

なぜなら、人間も他の生物から進化したものであるから、他の生物同様、そこからスタートせざるを得ないはずだからだ。

ある時、道具を使うことを思い付いた。

例えば石器だ。

石を割って、たまたま鋭角に割れた部分を使って、獲物を叩くと容易に殺すことが出来ると気がついた。

続いて、その石をつかって、木を削ることも考え付いた。

それによって、斧が出来たり、槍が出来たり、さらに進歩して、矢が出来たりしたのだろう。

しかし、この段階では、まだ1人が、あるいは1家族が、全ての工程をそれぞれ行っていた。

すなわち、石を割って木を削り、斧を作って、動物を捕まえ、さばいて調理して食べるという工程だ。

ところが、ある時、もっと効率のいい方法を思いついた。

それはこの工程を分担し、専門職化することだ。

例えば、石を割って、石器を作る石器職人だ。

同じものを作れば作るほど、その個体はその作業に熟練し、早く、すぐれたものを作るようになる。

その他にも作業を分担して、専門職にわかれることで、一人で全部やるより、時間を短縮できることに気がついた。

石器を作る人は、獲物をとらえる人に石器を提供し、その代わり、獲物の一部を提供してもらう。

一方、食べ物にもいろいろなものがある。

哺乳類や鳥類などの動物、魚や貝、木の実や、植物など、現代人と同じように様々な食べ物、栄養を必要としただろう。

同様に最初は1人が、全ての食料を調達する必要があった。

しかし、前述の専門職の概念が生まれたことで、集める食べ物による専門職も生まれた。

動物を捕まえる人(猟師)、魚や貝を捕まえる人(漁師)、木の実や果実を取ってくる人。

そして物々交換が行われるようになった。

道具の専門職同様、食べ物調達の専門職も、それぞれの仕事に巧みになり、ますます人類は時間に余裕が出来るようになった。

ところが、ここで一つ問題が発生する。

食べ物には食べられる期限があり、また、人間の体の構造上、いっぺんにたくさんの食料を食べ、しばらく食べないでいることは出来ない。

たくさんの食料が調達できる時期もあれば、全然取れない時期もある。

一時にたくさん魚をとっても食べきれないし、他の食料と交換したとしても同じことだ。

そしてとれないときは飢えてしまう。

ここで始めて、通貨の概念が生まれる。

最初の通貨は、葉っぱだったとか、石だったとかいう説があるが、僕はどちらでも可能だったと思う。

要は「量」がわかればいいのだ。

例えば、魚一匹は、石一つみたいな具合だ。

魚一匹を誰かにもらったら、石を一つ渡す。

相手が石を返したら、自分が専門職で調達した食料なり、道具なりを、魚1匹に相当するだけ渡す。

この方法により、いっぺんに食料をもらうのではなく、欲しい時に交換できるようになった。

この取引に使われる石1つという量、すなわち数値こそが通貨の概念なのだ。

これを言い換えると、債務と債権ということになるのだけど、この概念はなじみのない人には、にわかに身につかないと思う。
なので、単に「貸し借り」と表現する。

石1つが貸し借りの証文のような働きをするようになったわけだ。

第2章 見えないインフレ

ここからさらに通貨の機能は進化する。

つまり、この石を他の人に渡して、他のものを手に入れることが出来るようになった。

石器職人は、石器の斧を、猟師に渡す。

猟師は石器職人に石を渡す。

一対一の貸し借りであれば、猟師が、その石と引き換えに同じ価値の獲物の一部を渡すことで、証文は消滅する(ただの石になる)。

通貨の考え方は、石器職人がこの石を漁師に渡して魚を得、一方、漁師は、その石を猟師に渡し、イノシシの肉をもらうというようなことを可能にすることなのだ。

石は証文としての効力を保ったまま、人から人へ渡っていく。

この通貨を介した交換は、現代に近づくに従って、より多くの人を巻き込み、もっと複雑にからみあうことになる。

初めは、小さいコミュニティだけで使っている通貨(地域通貨)は、他の地域では使えなかったが、利便性の追求と社会の進化から、次第に使用できる地域が広がっていく。

通貨を使って交換できるものも、食料だけでなくさまざまな道具、さらには無形のサービスにまで広がる。

そして現代のように国が通貨を発行し、通貨と通貨を交換する為替というものも発明され、ついに世界中で使うことが出来るようになったのだ。

そういう風に考えると、通貨というのは、国が発行して信頼度を高めているものではあるのだけど、実際の価値というのは、まだ消滅していない貸し、または借り(債務または債権)の総量であるはずだ。

つまり、その量は変動はするものの、あくまで有限なのだ。

貸し借りを数値化したものが通貨であり、貸し借りの総量は有限。

ということは通貨の総量と、貸し借りの総量のバランスで、数値(値段)が決まってくる。

言い方を変えると、すでにある貸し借りに対して、共通の通貨をあてはめているだけで、通貨そのものに価値があるわけではないのである。

最初の通貨が石だったとすると、その石と同じことなのだ。

以降、これをMT理論とする。

だとすると、自国通貨だから通貨を作って赤字を補填すればいいという考え方は、根本的に間違っている。

昔からそういうことをすると「インフレになる」と言われているそうだが、その考え方は正しいと思う。

上記の理屈(MT理論)によれば、通貨を印刷して総量を増やせば、1円の価値が下がってしまうわけだから、インフレになることはうなづける。

既存の経済論でも、それが通説となっていた。

ところがMMTによると、アベノミクスによって財政出動を行った日本が、インフレを起こさなかったから、インフレになるという説は間違いだったということらしい。

確かに日本はインフレになってはいないが、給与が下がっている。

さらに企業がブラック化している。

ブラック化するということは、労働時間が増えて、給料は上がらない、つまり、時給がさがっているということだ。

一方で物価は下がっているわけではない。

ということは相対的に物価があがっている、つまりインフレになっているのと同じ。

これは目に見えないインフレなのだ。


第3章 MT理論

MT理論は、上記のように単純な理論だ。

他の人の役に立った分だけ、貸しが増える、すなわちお金が増えるという考え方だ。

単純であるがゆえに、考慮されていない要素がある。

例えば金融や株式投資だ。

金融にせよ、株式投資にせよ、人の役に立つという点では同じだが、金融には金利があり、株式投資には値上がり益がある。

お金を貸したら、増えて返ってくることがあるという点だ。

こうした「金儲け」の手段があることで、現代の経済というのは複雑なものになっている。

リーマンショックなどは、未だに不可解な出来事だ。

ともあれ、株式投資にせよ金融にせよ、健全にやっていれば、人の役に立っているわけだからお金を得られても、それほどMT理論から外れることはないのかもしれないと思う。

問題は社会や人の役に立った度合いに比して、もうけが大きくなりすぎた場合に生じる。

それがバブル崩壊であり、リーマンショックなのだろう。

国の財政にしても同様で、税金を集める一方で、国民に対して等価の利益を提供していれば問題はないはずだ。

ところが日本の財政はここ何十年も赤字であり、早晩破綻するとずいぶん前から言われている。

これには異論を唱える人もいて、その最たるものがMMTなのだろうが、MT理論によると、このままいけばやはりいつか破綻するのだろうと思う。

払った税金に対して、インフラ整備や行政サービス、社会保障、企業や個人への補助金など、国民が利益を多く得すぎており、また政府や行政に関わる人の給与または人数も多すぎるのかもしれない。

上記のような理由で、財政が赤字になっているのだ。

極めて単純な理屈である。

これをお金を刷って解決しようとすれば、世の中の貸し借りの総量に対して、バランスするお金の絶対量が増えることになり、価値が下がる。

インフレになるか、見えないインフレがさらに進行する。

物価があがるか、給与所得がさらに下がることになる。

ついでにもう一つ、最近、問題と考えているのは、コロナ禍における特別給付金である。

社会や、他の人のために、特に何もしていない多くの人が、お金を得ることは、上記と同様、お金の価値を下げることであり、やはりインフレか、見えないインフレを起こすことになるだろう。

巷で言われているように経済対策になったとしても、それは一時的なことで、長期的に不具合を生じることになる。

これが僕の唱えるMT論だ。

なおMTとはMiyazaki Tatsuyaの略である。


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