しおひがり棟の軌跡⑧ DIYの効果
新築の住宅や商業施設が完成すると、竣工検査(施主検査)を行う。
不具合がないか、施主がチェックするのだ。
不具合だと認められる箇所には、ポストイットを貼っていく。
後日、施工者が修正を行い、ポストイットを剥がしていく。
一般的に指摘が多いのは、クロスのふくらみや目違い、ペンキのはみだし、木部のささくれやへこみ、仕上げ材の汚れなどだ。
もっと深刻な指摘もあるかもしれないが、幸いにも僕はあまり立ち会ったことはない。
どのレベルまで許容するか、もしくは気にならないかは個人差があって、定量的な判断は難しく、実際に見てもらわないとわからない。
設計監理者として、事前に検査を行う場合もあるが、僕が指摘しなかった部位を指摘されることもある。
一方、DIYリノベーションは、その特性から、竣工検査というものが行われることはほとんどない。
DIY(Do it yourself)というぐらいだから、施主自ら施工するのが普通であるし、完成の時点もあいまいで、使いながらさらに手を加えたり、直したりもするからだ。
もしも、DIYリノベーションした建物を、新築建物の竣工検査と同じように検査したとしたら、ポストイットの数は果てしないものになるだろう。
ペンキのはみだし、木部のへこみ、仕上げ材の汚れ、あまりないとは思うが、クロスをもし自分で貼ったとしたら、目違いや傷も多いに違いない。
さらにペンキの透け、ビスの頭が仕上げに見えている、失敗してつぎはぎになった造作、間違えて打ったビスのバカ穴、棚やカウンター机の傾き、一定でないしっくいのコテムラ、新築では絶対にありえない仕上がりである。
プロの仕事というのは、使う材料から道具、工程がまず違う。
例えばペンキを塗る場合、塗装部分以外の部分に養生を行い、下地を平滑にして、シーラーなどの下地材を塗った上、塗装も下塗り、中塗り、上塗りと3,4回塗り重ねる。
それで、凸凹や透けのない壁などが出来上がるのだ。
その上、もちろん職人の技術(ウデ)がある。
しっくいの場合も、パテ処理やシーラーの塗布、中塗り、上塗り、そして仕上押えがある。
上塗り材を塗ってから、乾くまでのタイミングを見計らって、仕上げの押えをすることで、表面がツルツルになる。
コテも何種類も使う。
中塗りコテは鉄板が厚く、仕上げコテは薄い。
しっくいはペンキよりも技術難度が高い。
工法と技術が組み合わされて、美しい仕上げが出来上がる。
だからこそ、ちょっとした不具合が気になるということもある。
現代の日本人であれば、一戸建て、マンションなどの持ち家、アパートにせよ、また、自宅以外の公共施設、商業施設、職場にせよ、そういうプロの仕事が標準的に提供された建物を見慣れているだろう。
実はそこがDIYリノベーションを際立たせるポイントなのではないかと、ある時、気が付いた。
ほとんどの人は、透けたり、はみ出したりしているペンキ仕上げは見たことがなく、それらを見ると、なんとなく人が四苦八苦して塗った様子がうかがえる。
あまりにも綺麗な仕上がりは、人が手作業で行ったように感じないし、実際に機械で施工している場合もある。
ペンキでいうなら、吹付けはまさに機械による仕上げである。
DIYで塗装する場合は、工程を大幅に減らして行う。
下地を作らずにいきなり塗ったりするし、塗る回数も少ない。
しっくいはパテ処理などしないので、ボードの継ぎ目やビスの跡がわかる。
コテは中塗りコテ1つしか使わず、仕上押えなどしないので、コテムラやザラザラが残る。
大工が造作をすれば、まずビス頭を見せるようなことはしないが、DIYでは隠すことをしない。
DIYで作られた空間は、隙だらけの下手さ加減が愛らしいのだ。
しおひがり棟を見た人の多くは「おしゃれ」だと言う。
おしゃれという表現が適切なのかは、やや疑問があるが、おそらく表現する言葉が思いつかないため、そう言っているのだと思う。
「かわいい」という表現を使う人もいる。
どちらかというと、そちらのほうが的を得ているかもしれない。
「⑥残材を使う」でも書いたが、残材や、古材をつぎはぎにした作り付けの棚や、上り框などの造作、シューズラックなども、借主や利用者、見学者には、おおむね好意的に見られているようである。
もちろん、自分で言うのも気が引けるところあるが、センスやコーディネートによるところもあるだろう。
しかし、誰も見たこともないヘタな仕上げが、チャームポイントとして機能することがあるのではないかと思う。
また、あまりにも美しい空間は、汚したり、傷つけたりしないようにと、多少の緊張を強いられるが、DIYで作られた空間は大らかで、気楽に使えるということもあるだろう。