原風景のありがたさ
ふるさと。たとえ都会生まれ都会育ちでも、生まれ育った場所は、ふるさとで間違いない。成長するにつれ、様々なものを身につける。知識、経験、処世術。それが、ビジネスや仕事には欠かせないものになる。でも、その一方で、それが重荷になることはないだろうか?そんなとき、ふるさとに想いを馳せてみたい。自分の欠損を埋めたくて、ひたすら背負い続けたものを一瞬でも、下ろすことができるかもしれない。
四国愛媛八幡浜市の風景に、その想いをのせて。
「原風景へ」
こころ裏腹 現世(うつしよ)に
帰すべき場所を たずねゆく
友と通いし 小径に沿って
清き川面の 向こうには、
駆け出す、あの日の ランドセル
神幸(みゆき) 三島の神社には、
今も変わらぬ 蝉しぐれ
もう「おかえり」は 聞けないけれど
私が 私で あるために
迷い悩める 人の世に
己の道を たずねゆく
木漏れ陽のさす 小径沿って
遠く白鷺 舞う空に
浮かぶ あの日の うろこ雲
無常 平家の谷からは、
今も変わらぬ 沢の音
もう「ほほえみ」に 逢えないけれど
私が 私で あるために
誰もが
仕舞い込んだ自分 忘れている
疲れても 立ち止まれなくて
見えない未来 もがきながら
繰り返す 日々
だから あの場所へ
あの「おかえり」は 聞けないけれど
今でも 心に 残ってる
今でも 心に 残ってる
終
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