猫ごころ日記(童話)
◯月◯日
明日はゴミの日なので、夜にママとゴミ出しに出かけた。ゴミ捨て場に着くと、ゴミの山からミャーミャーと声が聞こえた。「何だろう?」と思って声の聞こえるダンボールを開けてみたら、一匹の子猫がいた。白と黒と茶が混ざり合った三毛猫だ。ダンボールから出して手の平にのせると、小さい体がプルプル小刻みにふるえ、「ハクション」とクシャミをした。寒いのだろうか。
「ママ、どうする? このままここにいると死んじゃうよ」
「でも、家に猫ちゃんが三匹いるからね。かわいそうだけど・・・・」
「うん・・・・」
その場から立ち去ろうとすると、悲鳴をあげるようにミャーミャー鳴いて、ヨチヨチついてきた。ぼくたちに助けを求めているのか。
「しばらく家で保護して、誰か猫が欲しい人がいたら、その人にゆずり渡そうか」
「それがいい!」
こうして、この子猫を飼うことになった。名前はクシャミの音からとって『ハック』にした。家に帰って、毛布の入ったケージに入れたら、ハックは毛布の上で丸くなってすぐに寝てしまった。よほど疲れていたのか。元気になるんだよ、ハック。
◯月◯日
ハックは小さな体でよく動き回る。与えられたエサは何でもよろこんで食べる。なでてやると前足を上下に動かし、いつまでも「もっとなでて」と要求してくる。猫じゃらしを使うと、好奇心いっぱいで元気に飛びかかる。
今日はお風呂に入れてやった。汚れた毛を洗ってやると、ニャーニャー鳴いて気持ちよさそうだ。洗い終わってドライヤーで毛をかわかしてやると、細い毛がフサフサとふくれあがり綿あめのようになった。ハックもスッキリした気持ちになっただろう。
◯月◯日
ハックは日に日に大きくなっている。最近、キャットーフードをあまり食べたがらなくなった。舌が肥えてきたのか。刺し身の切れ端をやると、目を大きくしてムシャムシャ食べた。ちょっと贅沢をさせすぎたかな。
でも、ハックは食べることは一人前なのに、まだトイレが覚えられない。トイレの砂の上でしないことがある。そこは三匹のお兄ちゃん猫たちを見習って欲しい。だけど、運動不足でブクブク太ったお兄ちゃんたちの体は見習わないで欲しい。
◯月◯日
ハックは夜になるとニャーニャー鳴いてうるさい。ママに聞いたら『発情期』というらしい。もう子供を持てる大人になったということだ。猫は成長がとても早い。
「お兄ちゃん猫たちと同じように、ハックも『去勢手術』を受けさせないとね」
ママが言った。
「なあに? キョセイ手術って?」
「去勢手術をすると、メス猫を求めなくなって、行動が大人しくなるんだよ」
ハックは夜に外へ出て、ケンカをして帰ってくることがある。大人しくさせるためにも、去勢手術は確かに必要だと思った。
◯月◯日
ハックを去勢手術のために病院へ連れて行こうとしたら、暴れる、暴れる。もう手がつけられなかった。捨て猫ハックの本性が大人になって現れた。手術が怖いのはわかる。でも、ハックに「手術」と言わないのに、なぜかキャリーバッグを見ると、目がするどくなり逃げ回ってしまう。大好きな『ツナ缶』をやっても大人しくならない。今晩は大人しくしなかったバツとしてエサをやらなかった。ハックはまだ警戒をつづけ、タンスの上に隠れて姿を見せない。
◯月◯日
ハックがいなくなって一週間が経った。今頃、ハックは一人さびしく何をしているのだろう。お腹が空いていないかな。もしかしたら車にひかれて死んでしまったのか。ハックは小さい頃からワンパクだった。大人になってもそのワンパクぶりは治らなかった。お兄ちゃんたちみたいに大人しくしていれば長生きできただろうに、まったくバカな猫だ。しばらくしたらフラっと帰ってくるのかなあ。
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【kinadiamondによるPixabayからの画像 】
◯月◯日
吾輩は猫である。生まれて間もなく、母ちゃんの飼い主だったニンゲンに捨てられた。小さい頃だったし、怖い体験だったのであまり記憶がない。とにかくクサいところに置き去りにされた。真っ暗の箱の中で吾輩はヤケクソになってニャーニャー歌を歌った。歌えば体が温まるし、怖いことも忘れられる。しかし、捨てるのもニンゲン、拾うのもニンゲン、次に飼い主になるニンゲンが我輩を見つけ箱から出してくれた。ニンゲンという動物は残忍なのか、やさしいのかよくわからない。とりあえず吾輩は箱の中から出られたので、そのニンゲンについていった。別にそのニンゲンを好きになったわけではない。どこも行くアテがなかっただけだ。ニンゲンは吾輩を家に連れて帰り、吾輩に『ハック』という変な名前をつけた。もう少しセンスのいい名前はないものか。すぐに檻に入れらたが、檻の中には毛布があり、それにくるまったら温かかったのですぐに眠ってしまった。
◯月◯日
【Quinn KampschroerによるPixabayからの画像】
この家はガキがうるさい。やけに吾輩の体にベタベタさわってくる。ときには「お手」と言って、芸事まで仕込もうとしてくる。吾輩は犬ではない。お手なんぞ、絶対やってやるものか。この家には猫の先住民が三匹いて、先住民はみんなそろいもそろってデブである。どうすればあんなにみっともなくブクブク太れるのか。最初見たときタヌキかパンダかと思った。一緒に生活してわかったことだが、先住民たちは寝てばかりいる。食べて寝る、それだけの生活をしている。猫としてのプライドを持たないのだろうか。
吾輩が居眠りをしていたら、ガキが吾輩を抱え上げてお湯に入れ、毛を洗ってきた。吾輩は水が大の苦手。死ぬかと思った。吾輩は風呂なんぞ入らなくても、自分でペロペロして毛の手入れをするから清潔なのに。まったく困ったものだ。
◯月◯日
ニンゲンは、小さいときはかわいがってくれたが、大きくなったら扱いが雑になってきた。飯もキャットフードしかくれない。あんなカスカスしたマズイもの、毎日毎食喰わされたらたまったものじゃない。新鮮なタンパク質を喰わせろっていうんだ。今日は、魚の刺し身をくれたがニンゲンのあのもったいぶった態度、「ホラ」なんて言いながら、地べたに放り投げやがった。なんとも見苦しい。
そんなゲビた奴のくせに、トイレのことをやかましく言ってくる。だったら戸を開けておけっていうんだ。戸を閉めたら外に出られないだろ。吾輩は外でトイレをしたいのだ。
◯月◯日
歌を歌っても怒られる。柱で爪を研いでも怒られる。ソファーの裏でウンチをしても怒られる。毎日毎日怒られてばかりだ。ニンゲンは怒るのが大好きなようだ。三匹の先住民たちは相変わらず、毎日毎日飽きもせず寝てばかりいる。すてきなレディーと遊びに行きたくならないのか? 彼らのデブの体をよく観察してみたらびっくりした。タマタマがない・・・。オスのたましいであるタマタマが。思い切って聞いてみると、「気がついたらなくなっていた」とデブは悲しそうに言った。どうやら昔はあったそうだが、ある日病院というところに連れて行かれて、眠っている間に切り取られたらしい。それからというものレディーにまったく興味がなくなったようだ。ニンゲンはなんと恐ろしいことをするんだ。吾輩は絶対に病院になんぞ行きやしない。
◯月◯日
この日なぜか朝から吾輩の好物のツナ缶が出された。「ウホ」と吾輩がよろこんで食べていると、ニンゲンはキャリーバッグを近くに置いた。
「ん!」
吾輩はそれを見た瞬間ゾッとなった。あれに入れて病院に連れて行く気だな。吾輩は一気に食欲がなくなり、部屋の隅に身を隠した。ニンゲンは吾輩を捕まえようと追ってくる。そうはなるものか。吾輩は部屋の中をピョンピョンと逃げ回った。ときには必殺技『ツメ攻撃』もしてやった。長い時間戦った末、ニンゲンはあきらめた。危なかった。
◯月◯日
昼、戸が開いていたので、吾輩は家出を決行した。持ち物は何もない。身一つだ。吾輩の大切なタマタマを切り取られてなるものか。近所の静かな神社へ行った。雨風の当たらない縁の下が居心地がよさそうだ。今日からここを住み家としよう。裏山はすぐそこなので、虫かトカゲを飯にすればいい。
今夜は満月、吾輩は白く輝く満月を眺めながらニャーニャー歌を歌った。吾輩の美声は遠くまで届き、しばらくすると近辺に住んでいるレディーたちがゾロゾロ神社に集まってきた。レディーは「ニャー」という甘い声で挨拶をして体をすりよせてくる。彼女たちと朝になるまで陽気なパーティーを楽しんだ。
【BessiによるPixabayからの画像 】
(終)2019年作
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