星くずのトウメイ虫(童話)

 にぎやかな夏祭り、神社前の通りには色とりどりの露店が、ーー金魚すくい、リンゴあめ、綿あめ、たこ焼き、カステラ、串カツ、焼きそば、輪投などがズラリと並んだ。
「何を買おうかなあ」
 ケンとハナの兄妹は両親から千円のお小遣いをもらった。二人は手をつないで露店を見て回っている。
『世界で一つだけのペット』
 露店の名前が目に入った。ペットといってもヒヨコやウサギがいるわけでない。地べたに小さな植木鉢が並び、テーブルに空っぽのプラスチックケースが置かれているだけだ。
「何の雑草?」
 妹のハナが植木鉢を見て言った。
「雑草って言ちゃダメだよ。草花にはそれぞれ何か名前があるはずだから」
 ケンはハナを注意した。
「その通りーー」後ろの簡易イスに座っていた腹巻き姿のおじさんが大きな声で言った。おじさんは四角い大きな顔をしている。「坊や、いいこと言うね。雑草なんて植物はこの世にはない。バカにした言い方はよくないな」
「じゃあ、この草の名前は何ですか?」
 ケンが質問すると、おじさんはハハハと笑いながらテーブルの前にやってきた。
「名前かあ・・・・、実はおじさんもよく知らないんだ。おじさんが自分で道端に生えていた草を採ってきたんだ。この草はアスファルトの隅っこの、土も水もないところに生えていた。強い生命力だろ。だから、おじさんは『セイメイ草』って名付けた。きれいだろ。一鉢千五百円」
 おじさんは話がとても上手だ。自信マンマンの顔で話す。
「ヘエー」ケンは感心した。「じゃあ、この『天然バエ』って何ですか」
 テーブルに乗せられた札を見て言った。
「その名の通り『天然バエ』さ。呼ぶかい。人なつっこいハエだよ」
 おじさんはケースの中から魚の干し物を取り出し皿の上に置いた。プーンと生臭いニオイが漂ってくる。すぐに黒いハエがやってきた。
「ほら、コイツさ。小さいのは百円だ。そのとなりに来た大きいのは二百円。あっ、スゴイのが来た。ピカピカ光ったグリーンのやつ、きれいだろ。そいつは三百円」
 おじさんは網でサッと一匹捕まえて、ピンセットでつまんで見せてくれた。
「ふてぶてしいツラしていてカワイイだろ。エサは何でも食べるよ。残飯でいい。飼育は簡単だ」
「へエー」
 ケンもハナも目を大きくしてハエを間近で眺めた。でも、カワイイとは思えない。
「じゃあこの『トウメイ虫』って何ですか?」
 ケンはテーブルの上の『トウメイ虫』の札を指差して言った。札の後ろには、十個ほど透明のプラスチックケースが積まれている。ケースの中にはしなびた野菜が入っているだけだ。
「坊や、見えるかい?」
「何が?」
「トウメイ虫が元気に動き回ってるじゃないか、グフフ」
「えっ? 何かいる? ハナ、見える?」
「何も見えないよ・・・・」
 ケンとハナはケースに顔を近づけて必死で見つめた。
「坊やたちは目が悪いのかい?」
「そうでもないけど・・・・」
「ハハハ、勉強のしすぎで目が悪くなったんだな。もっと外で遊ばなくちゃ。キラキラしたきれいな奴が一匹いるだろ。よく見なよ」
「え、本当にいますか・・・・。どれぐらいの大きさですか?」
「君の親指ぐらいの大きささ。コイツはあと一カ月もしたら成虫になる。そうしたらもっときれいになってビックリするよ」
「どんな虫になるんですか?」
「それは成虫になってからのお楽しみさ、フフフ。トウメイ虫はケース付きで千円、安いだろ」
 ケンはトウメイ虫に興味がわいてきた。ビックリするほどきれいな虫を見てみたい。でもこれを買ったらお小遣いが全部なくなってしまう。二人は一旦その店を離れ、通りをウロウロ歩いた。
「お兄ちゃん、あたし、チョコレートバナナが食べたいな」
 ハナが言った。
「ダメだよ。虫歯になるから」
「じゃあ、金魚すくいしたいな」
「金魚がかわいそうだよ。すぐ死んじゃうんだから」
「じゃあ、焼きそば食べようか」
「晩ごはんが食べられなくなったらママにしかられるぜ」
「じゃあ、お兄ちゃんは何を買いたいの?」
「お兄ちゃんはトウメイ虫を買いたい」
 ケンはハナの目を見てはっきりと言った。
「でも、トウメイ虫は見えないよ」
「それは目が悪いからだよ。見えたらスゴくきれいなんだから」
「きれいなのかなあ・・・・」
 二人はまた『世界で一つだけのペット』の露店に戻った。
「おじさん、トウメイ虫、もう一回見せて」
「おっ、坊や、また来たか。早く決めないと売り切れちゃうぜ」
「そうなの・・・・。じゃあ、買います」
「よっしゃ、いい決断だーー」おじさんは手元の鈴をチリンチリンと鳴らして大きな声で言った。「トウメイ虫、お買い上げー」
 ケンはお金を払い、ケースを受け取った。
「坊や、静かに運ばないといけないよ。虫はデリケートだから。それと飼育する際、エサは中に入っているこの野菜だけでいい。開けたら絶対ダメ。普段はゆっくりしているけど、開けると素早く動いて逃げちゃうから」
「逃げるとどうなるんですか?」
「刺される恐れがある。毒があるんだ」
「毒・・・・」
「そんなに強い毒じゃないよ。死にはしない。でも注意したほうがいい」
「はい、わかりました」
 ケンは大事そうにケースを抱え家に帰った。
「ただいま」
「ケンちゃん、ハナちゃん、おかえりーー」ママが玄関に出迎えた。「何買ってきたの?」
「フフフ、トウメイ虫さ」
「トウメイ虫? 何もいないけど・・・・」
「目が悪い人は見えないんだよ」
「えっ、本当?」ママはケースに顔を近づけて見つめた。「音もしないし・・・・」
「物静かな虫なんだと思う」
 ママはケンの顔を哀れんだ目で見つめて言った。
「ケンちゃん、ダマされたんだよ」
「ダマされてなんかないよ! ママはどうしてそんな意地悪なこと言うんだ!」
 ママとケンカになった。
 夜になってパパが帰ってきた。
「えっ、トウメイ虫? 何だよ、それは?」パパもケースを見つめた。「何もいないぞ。野菜が入っているけど食べたあともないし」
「野菜の栄養だけチュウチュウ吸ってるんだよ」
「祭りの露店で買ったんだろ? きっとダマされたんだよ」
 パパもママと同じことを言った。
「ダマされてなんかないよ! キラキラしたのがいるんだよ!」
 ケンは大きな声で言って涙を流した。
「だからーー」パパはケースを開けた。「ほら、何も入っていないだろ?」
「あっ、パパ、なんてことするんだ! 逃げちゃうじゃないか!」
「ハハハ、逃げるも何も、最初から何もいないよ」
「トウメイ虫だから見えないだけさ。露店のおじさんが言うには、開けるとすぐに逃げ出して、毒があって刺すらしいよ。大変だ!」
 パパとママは無言で顔を見合わせてフッと鼻を鳴らして笑った。
 翌朝、パパはお腹が痛いと言い出した。ママは頭痛がすると言って頭をかかえている。ハナは熱を出してベッドから出てこない。やっぱり大変なことになった。
「すべてトウメイ虫のしわざだ。どうしよう・・・・。そうだ!」
 ケンはトウメイ虫のおじさんのところへ駆けて行った。
「おじさん、大変だ。トウメイ虫が逃げ出して家族がみんな病気になっちゃった」
「それは大変だ。敵は見えないだけに厄介だぞ。でも、一つだけ解決する方法がある。君の買ったのは陽性トウメイ虫、ここにいるのは陰性トウメイ虫。陽性と陰性はお互いが嫌い合っている。コイツを部屋に放せばお互いがケンカして二匹とも死ぬはずだ。死んだら死骸はキラキラ虹色の星くずのようになって姿をあらわすはずだ」
「うん、わかった。おじさん、それもらうよ」
「よし、きた!」おじさんはまたチャリンチャリンと鈴を鳴らした。「陰性トウメイ虫、一匹千円お買い上げー」
 ケンは、買ってきたトウメイ虫のケースを早速開けて部屋に放した。
「陰性トウメイ虫、たたかうんだ!」
 翌日ケンは、キラキラ光る星くずのようなトウメイ虫の死骸がどこかに散らばっていないか家中探し回った。しかし、トウメイ虫をどうしても見つけることができなかった。トウメイ虫は本当に死んだのだろうか。家族は皆んな元気になったので死んだと思うが・・・・。
 ケンは今も星くずになったトウメイ虫を探している。

               (終)2019年作


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