小笠原 ボニンブルーの休日(1) 贅沢な船旅と、アカぬけた島

 決断ひとつですぐに行けるわりに、なかなか行かないのが、小笠原諸島である。

 東京の竹芝桟橋からおがさわら丸に乗るだけでいい。乗り換えもいらない。それだけで亜熱帯の青い海と美しい島々に出会うことができる。
 けれど、問題は25時間半の船旅。退屈かなあとか、揺れるかなあとか、現地で遊ぶ時間が少なくなるとか、旅人としては、いろいろ思って躊躇するわけである。

 でも、じゃあ、あきらめるかといえば、そんなことは決してない。小笠原で思う存分シュノーケリングしてみたい、絶海の孤島の海の中がどんな感じが見てみたいという気持ちは、何年たっても消えずにいる。ついつい後回しにしていたけれど、いい加減に夢をかなえることにしたい。

 出発当日、長い船旅に備え文庫本をたくさん持参した。ところが、航海中ほとんど電波が通じないせいで異様なぐらい心が安らぎ、どっぷりと寝てしまって、一冊も読まなかった。まる一日メールも何も見ないでごろごろできるなんて、最高の贅沢だ。どんな業務連絡も受信することができないのである。メールを見ないのではなく、見られないってところが重要だ。私のせいじゃないのである。不可抗力なのである。

 というわけでゆったり休んで、父島二見港に到着。気分はすっかり日常モードから楽園モードに切り替わっていた。
 上陸してみると、港前通りの離島らしからぬアカ抜けっぷりに驚く。街並みも新しく、道路は整い、どこの湘南海岸かと思ったほどだ。

 港でわれわれを迎えてくれたのは、パパス・ダイビングスタジオの星野さん。穏やかな表情に人柄の良さが滲み出た、島に移り住んで二十年以上のベテランガイドである。
 対するわれわれは、若手水中写真家の古見きゅう君と私、そして編集B女史の3人。小笠原の固有種を撮影するのだ、と息巻く古見君はともかく、私とB女史は完全にピクニック気分だった。なんたって憧れの小笠原の海で泳げるのだ。仕事なんかどうでもいいじゃないか。

 小笠原のアクティビティというと、ホエールウォッチングや、イルカと泳いだりするのが人気のようだが、私はそんな大型哺乳類には興味がない。目指すは海の中の変な生き物である。
 変な生き物とは何かといえば、イカとかエイとかウミウシとか、ぐにゃぐにゃだったり、くねくねだったり、要するに何考えてるのか全然わからない変なカタチの奇っ怪生物たちのことで、シュノーケリングでそういう生き物を見物するのが、私の最大の趣味なのであった。
 星野さんにそんな希望を伝えると、イルカは見なくていい、と言われたのは初めてです、と笑っていた。

つづく

「Scapes」2014.6月号

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