小笠原 ボニンブルーの休日(3)秋祭りは夢の中


 ところで、島に来るまでまったく知らなかったのだが、この日は秋祭りだった。

 二見港の背後の山に鎮座する大神山神社で、二日間にわたって奉納相撲が開催される。
 われわれが到着した初日の夜は子ども相撲、二日目の夜には大人の相撲トーナメントが行われ、参道の階段下にまで大きな歓声が聞こえていた。
 あまりに盛り上がっているので見に行くと、ざわめく会場に足を踏み入れた途端、夢の世界に紛れ込んだかのような不思議な感覚に襲われた。照明にぽっかりと浮かび上がった土俵のまわりを、この島のどこにこんなに人間がいたのかと思うほどの大群集が取り囲んでいる。尋常でない熱気を帯びて、空間が歪んでいるかに思えた。

 この祭りには、毎年南硫黄島から自衛隊相撲部の力士たちがヘリで参戦に来るそうだ。島民対自衛隊のガチンコ対決が、この祭りの最大の見ものらしい。
 取り組みのたびに、「この一番には、世界遺産課長より懸賞金が出ています」なんてアナウンスが流れて、島をあげてのイベントであることが知れる。

 なかでも、がっしりとした体躯の自衛隊員を島の若者が投げ飛ばしたときは、歓声で土俵が動くんじゃないかというぐらい会場がどっと沸く。気がつけば、われわれも引き込まれて目が離せなくなっていた。
「この一番に硫黄島副長さんより懸賞金が出ています」「この一番につよしさんより懸賞金が出ています」次から次へと白熱の勝負が続き、ついに決勝は、自衛隊村田VS島っ子てつやの、ライバル対決。

 どう見ても体格的に勝負はついていたが、村田の激しい当りからの怒涛の寄りをこらえてこらえて、土俵際ぎりぎりで、てつやが反転。村田の大きな体が転がった瞬間、会場に割れんばかりの大歓声が沸き起こった。

 私はなんだか凄いものを見たという気持ちで、胸がいっぱいになった。島のエネルギーがここに凝縮していた。

 呆然としつつ、土俵を離れて歩き出すと、神社の境内には多くの夜店が並び、大勢の子どもたちが走り回っていた。東京から船で25時間半のこの離島に、どうしてこんなに子どもがいるのか不思議に思う。高齢化が進む日本なのに、父島では小学校の教室も足りないほどだそうだ。
 漁師などの職を求めて多くの若者が本土から渡ってくるためだと教えられたが、そう聞いてもまだピンとこない。そのぐらい子どもが多い。
 何から何まで想定外の光景を目の当たりにして、私は本当に日本ではない別の世界、あるいははるか昔の日本に来たかのように思ったのだった。

つづく

「Scapes」2014.6月号

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