戦争による経済の圧迫と危機に瀕するイスラエル
10日、イスラエルのビジネス紙『カルカリスト』が発表した報告書によれば、イスラエルのガザ戦争による経済的負担は2024年末までに675億7000万ドル(11兆円近く)に達したという。この額には直接の戦費のほかに、戦争による避難者への生活支援、経済低迷による歳入の減少なども含まれるが、報告書は、これを重大な経済的負担と指摘しながら、イスラエルの戦争努力が失敗していること、さらには今後10年間にイスラエルは防衛予算(軍事費)を大幅に増額する必要があることを強調した。
イスラエルの戦争による財政的負担とその影響に関する議論はイスラエルの国会議員で、委員長であるヤコブ・ナゲル議員の名前にちなむ「ナゲル委員会」で行われている。
イスラエルは戦費や国防費の増大について地中海沖の天然ガスの生産や輸出によって得られる利益を充てる計画だが、この天然ガスからの収益は本来イスラエルの医療や教育分野に用いられるはずだった。
報告書はまたアイアン・ドーム、デイビッド・スリング、アロー・システム、新たに運用開始されたレーザー防衛システムを含む多層防空システムの強化も勧告している。国境警備では、ナゲル委員会はヨルダン渓谷沿いに、具体的にはイスラエル南部のエイラトからヨルダン川西岸、さらにシリア国境に至る総延長309キロの強力なフェンス(防壁)を建設することを提案しており、対ヨルダン、あるいは対シリアの安全保障を強化することを提言している。
イスラエルはすでにガザとの境界に総工費11億ドル(1700億円)を投じ、センサーを用いた鉄筋やコンクリートによるハイテク・フェンスを築いたが、それでも23年10月7日のハマスの攻撃を防御できなかった。ヨルダン渓谷のフェンス建設には数十億かかると見積もられている。
イスラエル経済が健全な方向に向かっていないことは明白で、レバノンやシリアなどへの領土拡張を図れば、占領の維持などのためにさらに軍事的コストがかかることになる。にもかかわらず、ネタニヤフ首相はイランとの戦争も視野に入れている。
中東における「イスラエル一強体制の確立」などの言葉も見られるようになったが、ヘブライ大学教授・化学者イェシャヤフ・レイボヴィッツ(Yeshayahu Leibowitz,1903~1994年)は、1967年の第三次中東戦争でイスラエルが圧倒的勝利を収め、シナイ半島、ガザ、ヨルダン川西岸、エルサレム、ゴラン高原を占領下に置くと、「六日間戦争(第三次中東戦争)後の国民的誇りと高揚感は一時的なものだ。それは、誇り高く高揚する国家主義から、極端な救世主的国家主義へと我々を移行させるだろう。第三段階は残忍さであり、最終段階はシオニズムの終焉だ」と語っていた。この言葉は狂信的とも言える極右勢力が台頭する現在のイスラエルにまさに言い得るものだ。
イスラエルはレバノンのヒズボラに24年9月にポケベルによる攻撃を行い、最高指導者のハッサン・ナスララを殺害し、レバノン各地を爆撃、ヒズボラを対イスラエル国境よりも遠い地域に撤退させた。また、シリアで24年12月8日にアサド政権が崩壊すると、軍隊をゴラン高原の非軍事地帯に進駐させ、さらにイスラエル軍はシリアの首都南西20キロの地点にまで迫った。しかし、ヒズボラの脅威は消え去ったわけではなく、ヒズボラ
への軍事的な備えは継続して必要だ。さらに、シリアでは今後政治権力をめぐって国内各勢力の確執が始まり、シリア政治が不安定になり、それがイスラエルの安全にとって否定的影響を与える可能性もある。ライボヴィッツの予言通りイスラエルでは極右勢力の台頭によってパレスチナ人に対する冷酷な精神文化が社会を圧倒するようになり、それが軍隊、政界、入植地などに広がりを見せている。
24年6月にイギリスの調査会社UnHerdが発表した世論調査では、イギリスの18歳から24歳の若者の54%が「イスラエル国家は存在すべきではない」という意見に同意し、反対したのはわずかに21%だった。また、「ガザ戦争の責任は誰にあるか」という問いに対して、若年層の50%が「イスラエル」と答え、25%がハマスを非難した。
また、世論調査では、18~24歳の回答者のうち、38%がガザ戦争に非常に興味があると回答し、28%がやや興味があると回答した。対照的に、ウクライナ戦争に非常に興味があると回答したのは19%にとどまった。イギリスの若年層の対イスラエル観のように、世界の世論はイスラエルにいよいよ厳しくなっているが、イスラエルはパレスチナ人や周辺アラブ諸国との共存や平和を考えない限り戦争による経済負担の増大などでその生存自体が危うくなるに違いない。
表紙の画像はイラン・パぺ
シオニズムの終焉