スペイン・バレンシア大学理事会はイスラエルに国際法の遵守と人権侵害の停止を訴える
5月30日にNHK・BSで「アナザーストーリーズ 東大安田講堂事件 あのとき学生は何と戦ったのか」の再放送を観た。
(番組全体は https://www.dailymotion.com/video/x8drdbg
で視られる。)
学生たちの運動の発端となった医学部の無給の研修医制度など大学の改革を求める学生たちの声に大学当局が真摯に耳を傾け、警察を使って学生の排除などを行わなければ、入試中止などの泥沼の事態に至らなかっただろう。
いま、欧米で起こっている学生たちのイスラエルのガザ攻撃に反対し、イスラエルに武器を売却する軍需産業からの投資撤退を求める運動では、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の教職員たちが警察や暴力的集団を用いて学生を排除した学長の辞職を求めるようになり、またアメリカの一部の大学では学生たちと投資撤退に関する協議を行うことを約束している。
スペインでは学生たちと大学当局の主張がガザ問題で一致するようになっている。
5月28日に開かれたスペイン・バレンシア大学理事会は、棄権も反対もない全会一致で同大学のパレスチナ問題に関する基本方針を承認した。バレンシア大学は、パレスチナ・イスラエル紛争の永続的な解決を見出すために即時停戦を求め、イスラエルがパレスチナと対話と交渉を開始すること、さらにイスラエルがガザに対する人道支援を認め、国際法を尊重することを要求している。また、バレンシア大学はイスラエルによる人道に反する犯罪や、パレスチナにおける体系的で、重大な人権侵害が止むまで、イスラエルのいかなる大学、研究機関との協定を結ばないことを明らかにした。
バレンシア大学では、アメリカの大学生たちと同様に、5月に入って学生たちがガザとの連帯を示すために、テントを張ってイスラエルへの抗議のための示威行動を行っていた。
また、バレンシア大学理事会は、EUに対して、イスラエルにEUの研究資金を利用させないことを呼びかけ、またパレスチナの科学、高等教育機関との協力関係を拡大することを明らかにしている。理事会は国際人道法を遵守しない団体や企業との関係を見直し、国連の勧告とガイドラインに従って、人権侵害に加担する企業を排除する検討を行う。
またスペイン政府に対しては、イスラエルとの軍事協力や武器売却の停止を呼びかけ、戦争犯罪、人道に対する罪、大量虐殺を処罰することを求めている。
この理事会ではマリア・ビセンタ・メストレ学長が、イスラエルが市民を殺害し、病院、学校、大学、研究センターなど市民の基本インフラや公共サービスを破壊していることを指摘しながら、イスラエルによるパレスチナ、特にガザでの人権侵害はまったく容認できないと発言した。メストレ学長は、バレンシア大学のパレスチナ支援は言葉だけでなく、大学の資源を用いて、パレスチナ難民の学生がバレンシア大学で学ぶ機会を持つことを支援する用意があることも明らかにした。
2016年12月29日にバレンシア州の地方議会は、バレンシア州がイスラエルのアパルトヘイトとは無縁の都市であると宣言した。このように、バレンシアにはイスラエルの抑圧を受けるパレスチナ人に対する強い同情や共感がある。
また、2021年1月11日、スペイン・バレンシア市の地方裁判所は、アメリカのレゲエ歌手で、親イスラエルの姿勢を鮮明にしているマティスヤフが2015年のロトトム・サンスプラッシュ(大規模なレゲエ・フェスティバルで、毎年夏にスペインのバレンシアの北数マイルにあるベニカシムで開催されている)に参加することを抗議した8人のBDS(イスラエルへのボイコット、投資撤収、制裁運動)活動家たちに対して、無罪の判決を下した。これは、親イスラエルのアベル・アイザック・デ・ベドヤ弁護士が8人の抗議は「反セム主義」の刑事罰に相当するという主張を斥けたものだった。
バレンシア市は、人口80万人のスペイン第三の都市だが、人口の13%近くが外国籍で、欧州議会のページでも「多様な文化が交わる街」と紹介され、その多様性ゆえに、イスラエルによるパレスチナ人の排除、排斥、人権侵害は許容できないようにも見える。
後ウマイヤ朝の創始者アブドゥッラフマーン1世の息子であるアブドゥッラーは、バレンシアに自治的な統治を与え、郊外に都市ルッサーファ(現在のルザファ)を建設し、バレンシアはアラブ風に「バランスィーヤ」と呼ばれて、10世紀から繁栄するようになった。
バレンシアでは紙、絹、皮革、陶器、ガラス、銀細工などが流通するようになり、イスラム時代の建築物は旧市街の城壁、公衆浴場のバーニョス・デル・アルミランテ、モスクのミナレットを改修したエル・ミゲレテなど、バレンシア観光の目玉であり続けている。こうした中世からある多様性や寛容性が現在でもバレンシア社会の伝統となって息づいているのかもしれない。