不透明になるムスリム墓地の行方と日本人のイスラム理解
大分県日出（ひじ）町の町有地にイスラム教徒の土葬墓地を建設する計画が新たに当選した町長によって撤回される可能性が出てきた。８月２５日に町長選挙に当選した安部徹也氏（５６）は当選の翌日、イスラム教徒団体に町有地を売却する手続きを進めない考えを明らかにした。このイスラム墓地の計画は４年余りをかけてイスラム団体と住民がやっと合意に到達した経緯があるものだ。
行政のトップが変われば過去の約束事をキャンセルするようでは日本の信用にも関わると思うのだが、どうだろう。オバマ政権時代に成立したイラン核合意をトランプ大統領が反故にしてしまったことを思い出してしまった。
イスラムでは、人が亡くなると、火葬にはしない。最後の審判の日に復活する肉体が必要だからだ。イスラムでは善行を積めば神の最後の審判で天国に迎えられると死に一種の安堵を与えられている。山梨県の石和町でイラン人が亡くなった時に、火葬にしてイラン政府からクレームがついたことがあった。日本では土葬を禁止する自治体があるなど、ムスリムの墓地不足は日本で暮らすムスリムたちにとって深刻な問題となってきた。土葬という形態にも日本社会が時代の経過とともに慣れなくなり、また日本の法律は２４時間以内に埋葬することは禁じられていて、迅速な埋葬を求めるイスラムの教義と相いれない。防腐処理して出身国に送って埋葬するということもできるが、莫大な費用がかかる。
ムスリムが埋葬できる土葬墓地は北海道、茨城県や埼玉県、山梨県など東日本に７カ所、西日本では京都府と和歌山県、兵庫県、広島県に４カ所と少ない。九州や四国にはひとつもなく、そのため大分県日出町で建設予定のムスリム墓地は特別な意味をもっていた。大分ムスリム協会は２０１８年に民有地をムスリム墓地用に購入したが、住民から反対運動が起きた。反対理由は飲料水とも使っている湧き水への水質汚染、町で産出される野菜や果物への風評被害、ムスリム墓地が少ないために他の地域から墓地を求めてムスリムがやって来るなどだった。しかし、建設予定の隣接地域にはすでにトラピスト修道院の土葬墓地があり、風評被害は従来まったくなく、また水源地から２キロと離れていて水質汚染の心配も考えられない。ムスリムの側の説得や交渉で日出町では別の町有地に墓地建設予定地を移すことで合意を得た。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/0e8ac5ad2c98870863a1891309011dce74290f31
ようやく確保されたムスリム用の墓地だったが、新町長の誕生でまた不透明になりつつある。新町長の判断には、イスラムという宗教そのものに対する無理解や偏見があるような気がしてならない。日本ではやはり土葬にしなければならないカトリックの土葬墓地建設に対する反対はあまり聞いたことがない。日本のイスラム教徒の人権に配慮すれば、亡くなった後の「安住の地」としてムスリム墓地は不可欠なものだ。安らかに眠ってもらいたいという人間としての普遍的な感情はイスラムにも当然のことながらある。
日本国内で増加するイスラム教徒の数や、またイスラム世界との交流の機会が増えることを考慮すると、ムスリム墓地の問題には行政も前向きに取り組むことや日本人のイスラム理解が進むことが求められている。
高齢化が進む日本社会では、インドネシアやマレーシアなどのムスリムの看護師や介護士が必要とされているし、日本人の若年層の就職が少ない農業や漁業の分野でもムスリムのインドネシア人技能実習生たちが日本の産業を支えるようになった。日本は「イスラム」という宗教の垣根を超えて共生する時代に来ている。墓地への反対に見られるように、イスラムに対する向き合い方について日本人には改善の余地が少なからずあると思うことがある。彼らには一生懸命地域社会にとけ込もうという姿勢があるし、ムスリムが日本人と同様な普遍的価値や感情をもっていることを知って、その宗教感情や信仰心に応えてほしいと思う。
表紙の画像は「やっと見つけた場所」イスラム土葬墓地に“待った” 住民から反対
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/660663/