国連安保理常任理事国入りを目指す日本と、リビアのカダフィ大佐が指摘した国連での日本の対米追随姿勢
リビアの洪水被害は犠牲者が2万人を超えた。歴史に残る大惨事となった。他方、岸田首相は国連で一般討論演説を行い、日本の安保理常任理事国入りを目指す姿勢を明らかにしているが、下のカダフィ大佐の発言に接すると日本の常任理事国入りは難しいという気がする。日本政府は国際社会で日本がどのように見られているかよく自省すべきだ。
2011年に政権が倒されたリビア・カダフィ大佐は2009年12月15日、明治大学軍縮平和研究所が主催する衛星回線を使った対話集会に参加して、学生たちの質問に答えた。
答弁の冒頭、カダフィ大佐は日本人と対話することは友人である日本人を困らせることになるので、会話を避けてきたと述べている。ヨーロッパ諸国と異なり、歴史的にアフリカの分割や帝国主義支配も行わず、中国やインドのように移民労働者をアフリカに送っていない日本は軋轢なくアフリカに進出することができると語っている。中国やインドは労働者を送ることによって、アフリカの現地の人々の仕事を奪っているとカダフィ大佐は見ていて、総じて日本に対しては良好な感情をもっていたものの、彼が大いに不満を感じていたのは日本のアメリカへの追随姿勢だった。
カダフィ大佐は「国連で日本はアメリカに追随してばかり。もっと自由な意思をもたないとけない。」「広島と長崎に原爆を落とした国となぜ仲良くなれるのか」「広島と長崎に原爆を落としたアメリカの軍の駐留を認めているのは悲しいことだ。あなたたちの祖父などを殺した国となぜ仲良くなれるのか」「日本はアジアの近隣諸国との友好、信頼関係を重視すべきだ」などと語った。(ウィキペディア「ムアンマル・アル=カッザーフィー」の項目より)
日本に原爆を落とした国とどうして円滑な関係を結ぶのかというのは1959年7月に日本を訪ねたチェ・ゲバラも同様な感想をもっていた。通訳として同行した広島県庁職員の見口健蔵氏に「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目にあわされて、腹が立たないのか」と英語で問いかけた。「ヒロシマを訪れてみて、戦争というものの悪、原爆の残虐さをつくづくと痛感し、これを使用したアメリカに憎しみを感じた」ともゲバラは回想している。(三好徹『チェ・ゲバラ伝』文藝春秋、1971年)
「国連でアメリカに追随してばかり」というのは世界の共通した見方なのかもしれない。イラク戦争直前、2003年3月12日に原口幸市国連大使は、国内的議論が何もないままに、国連安保理で査察の有効性に疑義を呈して、その打ち切りを主張する演説を行った。査察の継続を求めるフランスのドピルパン外相の演説に安保理で圧倒的に多くの国々が支持を与える中で、日本は米英の根拠が希薄な主張を支持し、米英寄りの姿勢を鮮明にした。これは、日本はアメリカが主張することならば、その合理性の検討もせずに支持する印象を国際社会に与えてしまった。国民として国に誇りがもてなくなるようだが、これでは日本の国連安保理常任理事国入りはできないことを日本政府はどれほど意識しているだろうか。こんなことでは岸田首相の国連演説もほとんどまったく期待されていないに違いない。
https://www.jlaf.jp/old/ketugi/2003/ket_20030317.html
カダフィ大佐は独裁政治を行ったが、洪水被害を甚大なものにした現在のリビアの為政者たちよりも善政を行っていたことは間違いない。政治的安定はあり、リビアの石油産業には、アジアやアメリカ、南米などの国々も関心をもつようになり、フランスは、イギリスやイタリアの軍需産業と並んでリビアに対する主要な武器輸出国となった。サルコジ大統領は、「リビアに対する武器輸出が解かれた現在、フランスがリビアに武器を売却していったい何が問題なのだろう。リビアへの武器売却によってフランスの労働者に職や新しい市場を供給できるではないか。」と語っている。そのフランスはカダフィ政権打倒に中心的役割を果たした。まったくのご都合主義である。
カダフィ大佐とは異なり洪水があった現在リビア東部を支配する軍閥のハフタル将軍はリビア国民の福利よりも自らの権力の維持に最も関心がある様子だ。多くの予算をロシアのワグネルをはじめとする彼の私兵を維持することに使い、ダムなどインフラ整備に無頓着だった。災害に遭ったデルナなどの住民はハフタル将軍の統治を責めるようになっている。リビア情勢の今後は不透明だが、日本の国際的イメージを良好にするためにはご都合主義の欧米とは異なる日本独自の視点をもち、リビアなど開発途上国の人々の社会福利状態を向上させていくことが必要だ。カダフィの日本への直言はやはり傾聴すべき価値をもっている。
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