イスラエルで強まるユダヤ・ナチ的傾向 -ヒトラーの「命の泉計画」は人類に何を教えるか
13日の朝日新聞に「選ばれた『ヒトラーの子』だった 64歳で知った出自」という記事が載った。アイルランドに住むカーリ・ロースバルさん(80)は、スウェーデンで養子として育ったが、自分がノルウェーで生まれ、ナチスによってスウェーデンに送られたことを64歳になって初めて知った。ナチスの親衛隊は、その兵士たちに優良なアーリア人種と見られる女性たちに子どもをつくらせる政策(=命の泉計画)をとっていた。女性たちの意思は尊重されることなく、アーリア人種が優等と考えるヒトラーの世界観に沿った政策で、戦時下の性暴力と言えるものだった。ヒトラーは血の純潔を重視して、「不純なユダヤ人」とドイツ人が通婚することを禁じた。
1935年9月に成立したナチス・ドイツのニュルンベルク法は、ユダヤ人がドイツ人の血を汚染することを前提にしたドイツ民族の純潔を守るための人種差別法で、ユダヤ人とドイツ国籍者、民族的にドイツ人との婚姻を禁止するものだった。
このニュルンベルク法を彷彿させるのが、22年3月に成立したイスラエルの婚姻法だ。この法律では、ヨルダン川西岸やガザというパレスチナ出身者がイスラエル市民と婚姻を通じて、イスラエルの居住権、市民権を取得する(イスラエルに帰化する)ことを禁止した。きわめて人種的性格が強い法律とパレスチナ人をはじめ国際社会から批判されている。この婚姻法にはイスラエル国家はユダヤ人のみによって構成されなければならず、またイスラエルのユダヤ人の中にアラブ人の血が交わってならないというナチスと同様にイスラエルの「血の純潔」を守る目的がある。
現在のイスラエル政府内の極右閣僚たちに強い影響を及ぼしたメイル・カハネ(1932~1990年)は、ユダヤ人と非ユダヤ人の通婚を認めてはならないとしきりに訴えた。カハネは、執拗にアラブ人(パレスチナ人)を「エレツ・イスラエル(現在のイスラエルとパレスチナを合わせた地域など彼らが考えるイスラエル領)」から追放することを訴えていく。彼は、イスラエルはその市民権をユダヤ人だけに限定すべきで、公的生活においては、ユダヤ法(ハラハ)を採用すべきと説いた。イスラエル政府はユダヤの宗教法を採用し、豚の売買の禁止、イスラエルにおけるキリスト教の伝道活動の禁止なども主張した。カハネの支持者たちは、ユダヤの律法であるトーラー(旧約聖書の最初の五つの書)を守り、ユダヤ人以外の民族を徹底的に排斥することが、ユダヤ国家の統合を促進、強化するものだと考えた。カハネの支持者たちは「カハ・ナチ」とも呼ばれたが、この考えが現在イスラエルでは主流になりつつある。
カハネの考えは2018年にイスラエルの「ユダヤ国家法」の背景ともなり、この法律ではイスラエル国家はユダヤ人によってのみ構成されることがうたわれ、ヘブライ語のみが公用語となり、アラビア語は公用語から排除された。
昨日も紹介したイスラエル・ヘブライ大学の教授であったイェシャヤフ・レイボヴィッツ(1903~1994年)がイスラエルの占領が続けば、イスラエルは「ユダヤ・ナチ」に転ずるという警告を発している。ユダヤ・ナチは強い表現だが現在のイスラエルの行動に言い得るものだとインタビューの中で彼は語った。
レイボヴィッツは、「イスラエル国家」と「シオニズム」はユダヤ人のヒューマンな価値観を上回るようになったと主張し、イスラエルの占領地でのふるまいをユダヤ・ナチ的なものと表現した。レイボヴィッツは、1953年にイスラエルの特殊部隊である第101部隊(後に首相となるアリエル・シャロンが指揮を執っていた)がヨルダン川西岸のキブヤで、非武装の女性や子供たちなど70人を虐殺し、村を破壊すると、この虐殺がシオニズムの産物であると断定した。シオニズムというナショナリズムが、テロリストではない、正規の軍隊に残虐な行為を行わせたというのがレイボヴィッツの考えであった。イスラエルは現在ガザでキブヤの虐殺とは比較にならないほどの女性や子どもたちを殺害している。
現在、世界では米国のトランプ次期政権で「政府効率化省」のトップになるイーロン・マスクがドイツの極右政党AfDを支持し、ヨーロッパのリベラル勢力を攻撃するように、極右的傾向が強まっている。この傾向はトランプ政権の再登場とともに強まる可能性があるが、ナチズムが世界に何をもたらしたのか、国際社会はあらためて確認し、歴史を知る必要があるだろう。
「過去に学ばない者は、過ちを繰り返す」
―ジョージ・サンタヤーナ (スペイン出身のアメリカの哲学者・詩人)
人間は過ちを犯すものだが、過去に学ばない者は人間の優れた能力である歴史に学ぶことを放棄している。