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イスラエルではどうしてピース・キャンプ(平和主義グループ)は力がないのか?

 昨年10月7日にハマスの奇襲攻撃があって以来、イスラエルの平和を求める運動は政治の前面に出てこない。イスラエルで「ピース・キャンプ」と呼ばれる平和主義のグループは、イスラエル社会の右傾化とともに、その力を大きく喪失している。特に、10月7日以降、その求心力を回復することはいっそう難しくなった。

 1948年の建国以来、イスラエルはパレスチナ人やアラブ諸国との戦争についてイスラエル国内で多くの議論があった。しかし、23年10月7日のガザ戦争が始まって以来、戦争の是非に関する議論はほとんど聞かれない。戦争やパレスチナ人に対する人権侵害などについて国内的議論がほとんどないままだ。

 1982年のイスラエル軍によるレバノン侵攻の際には「ピース・ナウ」の運動が反戦の声を上げた。「ピース・ナウ」は1978年に作家のアモス・オズなどを中心に創設されたパレスチナ人との平和共存を目指す組織で、1967年の第三次中東戦争の停戦ラインを境界にパレスチナ国家の創設を訴え、エルサレムはイスラエル・パレスチナ双方の首都となることを主張する。1982年のレバノン侵攻の際には当時のイスラエル国民の10分の1に相当する40万人の人々を集めて反戦デモを行った。

イスラエルの平和活動家エビ・ナタン(左) ジョン・レノンなどの寄付で買った「平和号」に乗る


 また、「ピース・ナウ」は1993年のオスロ合意を支持したが、2000年に始まる第二次インティファーダ(蜂起:2000~05年)でイスラエル人がパレスチナの武装集団による自爆攻撃などで犠牲になると、イスラエル国内での支持を失うことになった。イスラエル外務省によれば、2000年から2004年の間、パレスチナ人の暴力で132人のイスラエル人が犠牲になった。それに対して最初の一年だけでもパレスチナ人は4000人以上が殺害された(ブリタニカ)。インティファーダにおいても、パレスチナ人たちを人道的に扱うように求める声はイスラエルにあったが、近年ではパレスチナ人に対する人権侵害についてもそれを非難する声は聞かれなくなった。

 イスラエルで平和を求めたり、反戦の声を上げたりするのが難しくなったのは、イスラエル政治・社会の右傾化がその理由としてある。イスラエルでは第二次インティファーダにおける暴力的衝突、2005年のイスラエル軍のガザからの撤退によって、いかなる領土的譲歩も行うべきではないという主張が強まり、また若い世代は1993年のオスロ合意を知らない。ネタニヤフ首相の政権が長期化すると、彼のような右派思想がますますイスラエルで定着するようになった。平和やパレスチナ人への譲歩を主張することは、国への裏切りと見られる傾向が強まった。

ハマスの人質だったノア・アルガマニさん。ハマスによって傷つけられたことはなく、イスラエル軍の空爆で負傷したと述べた。


 また、多くのイスラエル人にとって、戦争が常態化し、平和への記憶が遠のくようになっている。ガザでの戦争も2008年暮れから2009年初にかけて、また2012年、また2014年夏、2021年と行われ、2014年夏のガザ攻撃では2200人以上のパレスチナ人が犠牲になり、また2021年5月にはイスラエルの攻撃によって、2500人のパレスチナ人が死傷した。さらに、2018年3月から2019年12月にかけてガザ住民がイスラエルへの帰還を求めて示威行動を起こすと、その中で国連によれば214人のパレスチナ人が銃撃されて亡くなった。

 また、政府に対する批判や反対意見が法律や規制によって抑圧されるようになり、一部の平和を求めるNGOには「外国のエージェント」「テロリスト」などのレッテルが貼られ、報道の自由も制限されるようになった。23年11月にイスラエルのシュロモ・カルヒ通信大臣は、イスラエルのリベラル系のハアレツ紙が「嘘つきで敗北主義的なプロパガンダ」を行っているとして同紙に罰金を課すことを提案し、また24年5月にはカタールのテレビ局アルジャジーラのイスラエル事務所が閉鎖された。イスラエル、あるいは欧米のメディアはイスラエル政府の発表の通りに、パレスチナの「侵略」や暴力を強調し、イスラエルの国際法違反や人権侵害を報じることが少ない。

 さらに、米国のトランプ元大統領の一国至上主義の訴えやヨーロッパでの極右の台頭など、世界的なポピュリズムの台頭もイスラエル社会の右傾化をもたらす要因になっている。また、イスラエル政府に対する批判が「反セム主義」と即座に決めつけられることも、イスラエルの戦争への非難を困難にさせることになってきた。イスラエルがホロコーストをもち出して、「反セム主義」を告発することで、イスラエルの戦争や国際法違反や人権侵害に正当な批判がしにくい環境を意図的につくり出し、これらがイスラエルの戦争を絶え間ないものにして、国民の利益にならないような戦争国家にイスラエルを仕立てている。平和と公正、またパレスチナ人やアラブ・イスラム世界との共存がイスラエル国家の存在を永続的なものにするはずだが、イスラエル国家はそれらとは真逆の道を歩んでいる。

表紙の画像はアモス・オズ
パレスチナ人の農民たちと
https://www.nbcnews.com/news/world/amos-oz-acclaimed-israeli-author-peace-advocate-dies-79-n952671

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