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イスラエルの終末論はその破滅を招く? ―絶対的な正義を求めることは、常に不正義に終わる

 イスラエルのオリト・ストロック国家宣教大臣は、イスラエル人は奇跡の時代に生きていて、昨年10月7日のハマスの奇襲攻撃に始まる戦争をメシア(救世主)と救済の到来の予兆と考えるが、このような考えはイスラエルの右翼社会でますます支持されるようになっている。

 ヨルダン川西岸のエリ入植地にあるブネイ・ダビデ・イェシバ(神学校)出身のラビ(聖職者)のエリエゼル・カシュティエル(1971年生まれ)は、昨日紹介した宗教シオニズムの創始者であるラビ・アブラハム・アイザック・クック(1865~1935年)の言葉「世界で大きな戦争が起こると、メシアの力が目覚める」や「戦争には浄化の力がある、なぜならそれは人類の中の神性を喚起し、利己的な本能を克服するのを助けるからだ。」などと主張するようになった。

極右ラビのエリエゼル・カシュティエル(1971年生まれ) https://mizrachi.org/hamizrachi/we-will-always-be-brothers/

 カシュティエルは、パレスチナ人に対して人種差別的なコメントを行い、アドルフ・ヒトラーの世界観を擁護し、公然とユダヤ人の優越性を説くような人物だ。彼は愚かで暴力的な非ユダヤ人を奴隷化することを呼びかけ、アラブ人は遺伝的な問題を抱え、ユダヤ人が最高の人種だと主張する。ユダヤ人を「人種」と定義したのはやはり人種主義者のヒトラーだったが、ユダヤ人は人種ではなく、ユダヤ教を信仰するエスニシティ(民族集団)と規定するほうが正しい。

 このような狂信的な考えがイスラエル社会では受け入れられるようになり、ユーチューバーのスターとなったラビ・ナフタリ・ニッスィムは、「現在ほど美しい時代はかつてなかった、10月7日に起こったことは救済への序曲である。」と語るが、こうした見解は商業テレビでも聞かれるようになり、右派のチャンネル14の司会者でコメンテーターのダナ・ヴァロンは、「ミシュナ(ユダヤ教のラビの口伝を集成したもの)には、ガリラヤは破壊され、ゴラン高原は空になり、境界の人々は都市から都市へとさまようと書かれてある。それが文字通り私たちの中に現れているミシュナの精神であり、私はこれに満足している」とイスラエルの周縁部分での戦争によって救済があることを喜ぶように述べた。

イスラエル右翼のテレビキャスター ダナ・ヴァロン https://www.facebook.com/danavaron770/

 イスラエルではこうした議論が政界や公の場で人気を博すようになり、極右政治家の周縁部分からネタニヤフ首相の政党リクードのイデオロギーの中心に位置するようになった。イスラエルの極右勢力によって支えられるネタニヤフ政権は、イスラエルの国家社会を終末論的な恍惚の中に引きずり込み、それがハマスやヒズボラなどとの戦争に見られるように、イスラエルの現在の危機を深め、大イスラエル主義によって土地の征服を考え、イスラエルの民主主義をダビデの王国に変え、第三神殿を建設するという極右勢力のファンタジーを作り出している。

 こうした考えがガザでの大量虐殺や、ヨルダン川西岸でのパレスチナ人への暴力の増加、イスラエル国内のアラブ人に対するヘイトの一つの重大な要因となっていることは間違いない。

イスラエル人がもつ権利は荷物をまとめてパレスチナを去ることだけだ―ノーマン・フィンケルスタイン

 大災害を救いための前提条件とすることは、人類の歴史において新しいことではない。危機や大惨事は再生への機会となり得るし、人間の精神に本来備わっている救済や絶対的なものへの憧れ自体に悪いことはないが、危険なのはそうした大衆の心理や天国をもたらそうとする野心を政治的に利用しようとすることだ。ヒトラーの第三帝国では、その支持者がキリスト教の終末論的概念である「千年帝国」を採用し、ナチ運動のドイツ国民に対するイデオロギー的支配を強化する手段として、大災害と救済の物語が広範に利用された。ナチのイデオローグとプロパガンダは、同時代の人々の最も深い恐怖を呼び起こし、第一次世界大戦でのドイツの軍事的敗北と国家のどん底時代を啓蒙、復活、再生の形成期として描写することに成功したが、いまのイスラエルの極右の考えと通底している。

ガザ・ジャバリアの戦争前後

 絶対的な正義を求めることは、常に不正義に終わる。さらに、不正な手段に頼る大義は、決して正当な大義にはなり得ない。いまのイスラエルの戦争はまさにその通りだ。

表紙の画像はイスラエルのオリト・ストロック国家宣教大臣


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