拡大するイスラエルへのBDS(ボイコット、投資撤収、制裁) ―南アフリカのアパルトヘイトを倒した制裁はイスラエルにも機能する?
イスラエルへのBDS運動(ボイコット、投資撤収、制裁)はイスラエルの占領を終わらせ、国際法を遵守させるために2005年から始まった運動で、世界の学術団体、教会、草の根運動など多くの団体や組織が支持し、推進している。
南アフリカのアパルトヘイト体制崩壊における経済制裁の役割は広く知られている。1985年、南アフリカ政府が非常事態を宣言して国内の反アパルトヘイト運動への抑圧を強化したため、安全保障理事会は初めて国連憲章第7章の下に、南アフリカに対する経済制裁を実施するよう加盟国政府に要請した。反アパルトヘイト運動の高まりや国連からの批判を背景に、経済制裁が強められ、南アフリカ経済は危機に陥った。危機感を募らせた南アフリカの財界は政府にアパルトヘイト法の廃止を要求するようになったが、これと同様な動きがイスラエルでも起こり、イスラエルがアパルトヘイトや占領地を放棄したり、国際法を遵守したりすることになり、パレスチナ和平が実現の方向に向かえばと思う。
私が所属する米国最大の中東研究団体「北米中東学会(Middle East Studies Association of North Africa: MESA)」が2022年1月31日から3月22日の期間にイスラエルへのBDS(ボイコット、投資撤収、制裁)運動への支持を問う投票を行い、768:167と圧倒的多数の賛成票で、つまり80%の会員が支持することで、同年3月23日にMESAが団体としてBDS運動を支持することを決定した。このMESAの決定したところは大きく、米国の学問的良心はイスラエルによるアパルトヘイトを決して容認しない姿勢を世界に示した。
23年10月に始まるガザ戦争はイスラエル経済をも縮小させることになり、昨年の第4四半期のイスラエル経済は、予備役の招集、ハマスなどの攻撃からイスラエル国民が避難を余儀なくされたことなどによって20%縮小した。イスラエル紙のハアレツは驚くべき落ち込みと表現しているが、イスラエル国民の一部には経済の落ち込みを背景に平和のメリットが強く意識されているに違いない。
2024年7月に国際司法裁判所(ICJ)がイスラエルによるパレスチナの占領政策が国際法に違反し、イスラエルにはユダヤ人の入植活動を停止する義務があるとする勧告的意見を出したことによって、BDSの運動はさらに弾みを得た。クレイグ・モキバー元国連人権担当官(米国人・1960年生まれ)は「イスラエルの占領に関するICJの権威ある勧告は、イスラエルの占領、植民地化、アパルトヘイトに対するボイコット、投資撤退、制裁(BDS)が道徳的義務であるだけでなく、法的義務でもあることを明確にしている。」と述べた。
このICJの判断後、BDS運動はさらに発展した。昨年9月、国連総会は42年ぶりにイスラエルに対する制裁を124カ国の賛成という圧倒的多数で可決した。
24年10月、スペインのサンチェス首相はEU加盟国に対し、イスラエルへの軍事禁輸措置を実施するよう要請した。11月、スペイン政府はさらにイスラエルに軍事物資を輸送する船舶の入港を拒否する決定を行い、イスラエルに軍事物資を輸送していると見られるマールスク船の入港を認めなかった。また、オーストラリアは11月にイスラエルへの武器輸出を見直し、16件の武器輸出許可を修正または取り消すと発表した。12月には戦争犯罪容疑のあるイスラエル人へのビザを発給しなかった。
日本でも伊藤忠が24年2月にイスラエルの軍事企業エルビットとの協力関係を打ち切ったが、その前月1月にICJがイスラエルにジェノサイド(集団殺害)を防ぐためのあらゆる措置を命じたことを受けて、外務省がこの命令の「誠実」な履行を日本の経済界に求めたことを背景にしていた。さらに、セブンイレブンは、23年7月末までにイスラエルで展開していた全8店舗を閉店した。イスラエルの戦争が継続する中で従業員の安全や事業リスクを考慮したものと見られているが、事業リスクについてはBDSの運動も配慮の一つの要因であるに違いなく、セブンイレブンは企業イメージの低下を恐れたものと思われる。
日本人にも身近なところではBDS運動の主なターゲットであるマクドナルドの世界的売上は、「7月から9月にかけて1.5%減少し、4年間で最大の減少となり、アナリストの予測の2倍以上となった。南アフリカ財界が政府にアパルトヘイト法の廃止を要求したように、私たちにもイスラエルの経済界がイスラエル政府に国際法の順守やアパルトヘイトの放棄を求めるようになるためにできることが身近にあることは間違いない。