「秋田犬は狭量なイスラエルのナショナリズムを超克する
秋田犬のブリーダーとして活動するイスラエル人のイタイ・エンジェルさんは「秋田犬は寒い大館で生まれるからすごく毛並みがいい」と語り、居酒屋で秋田方言の日本語を学ぶ。異文化に触れ、親しむことは狭量なナショナリズムを乗り越える第一歩となる。
「私はあらゆる形のナショナリズム、というよりあの偏狭な宗教、志が低く排他的で、知的地平を切り裂き、民族に関する差別的な偏見を胸の内に隠し、たまたま生まれた場所という単なる偶然の結果を至上原理とし道徳的かつ存在論的な特権とする、あのナショナリズムというイデオロギーを憎みます。・・・馬鹿げた小競り合いと論争に血道をあげ、天文学的な数値の金額を学校や図書館や病院ではなく兵器購入のために浪費してきたことに関して、ナショナリズムほど貢献したものはほかにありません。」(マリオ・バルガス=リョサ『読書と虚構を褒め称えて』)
イスラエルはリョサの表現するような「天文学的数値の金」を軍備に費やし、学校や病院を破壊し、戦争で人々の幸福を奪っている。イタイ・エンジェルさんは、秋田犬の数少ない貴重なブリーダーとして活躍し、命を育てることに喜びを感じ、本国での命を奪う紛争のバカらしさ、虚しさを感じていることだろう。主人がいなくなっても主人のことを想い続ける秋田犬の物語に共感し、ペットを飼うことに幸福を覚え、そのような幸せを奪う戦争に不合理を感じることは想像に難くない。
現在イスラエル政治では右派勢力が支配的で、アメリカの反セム主義者(本来は「反ユダヤ主義者」の意味だが)が民族国家としての「イスラエル」を支持するような奇妙な状態になっている。トランプ前大統領にナチス式の敬礼をしていた極右主義者のリチャード・スペンサーは、自らを「白人のシオニスト」と言ってはばからなかった。彼は「イスラエルは最も革命的な民族国家」と発言し、アラブ人などアメリカへの非ヨーロッパ系移民を「第三世界の侵入」と語っていた。
イスラエルのネタニヤフ首相は、現在イスラエル人口の2割を構成する「アラブ市民」をイスラエルにとって人口上の脅威と形容し、またベン=グヴィール国内治安相など極右勢力は、1923年のトルコとギリシアの住民交換や、第二次世界大戦後、東欧からドイツ人たちが排除されたことを思い起こして、イスラエル国内のアラブ人の追放を考えている。イスラエルでこのような極右勢力のこのような世界観がまかり通るからイスラエル軍がガザ住民1万2000人を殺害するような事態となっている。
パレスチナとの紛争を繰り返すイスラエルの若者には異文化への寛容な思考や姿勢をもつことが求められている。イタイ・エンジェルさんのような生き方はイスラエルの若者たちに生命の尊厳をあらためて教えることだろう。
イスラエル・テルアビブ大学のイラン研究者のデヴィッド・メナシュリー教授は、イラン生まれのユダヤ人だが、イランの王政の贅沢・奢侈に嫌気がさしてイスラエルに移住した。1993年にイスラエルとパレスチナが共存の道筋を定めたオスロ合意を締結すると、「この合意はいい、きっとうまくいく」と興奮気味に話していた。その後、パレスチナでは合意に反対するハマスが台頭し、イスラエルではネタニヤフ首相やシャロン元首相など和平に消極的な政権が続き、和平への気運も急速にしぼんでしまった。
メナシュリー教授は早稲田大学で特任教授のポストを得て、日本に滞在すると、夫人とともに平和な日本を好むようになり、夫人は「また日本に行きたい」が口癖になったそうだ。彼もまたイスラエルの極右派とは対極にある人で、私が2008年にテルアビブ大学のワークショップに参加すると、「イランが核兵器をもちたかったらもたせればいい、絶対に使うことはないよ」と言ってイスラエルのタカ派の人々を怒らせたこともあった。
イスラエルでは、世論調査によれば、18歳から34歳までの年齢の人の3分の2が自らのことを「右翼」と考えている。イスラエルの若い世代が右傾化したのは、2000年代前半にハマスなどパレスチナの武装勢力の自爆攻撃が繰り返し行われたこと、2005年のイスラエル軍のガザからの撤退が領土の喪失という「屈辱」に感じられたこと、若い世代が1993年のオスロ合意を知らないことなどがある。イスラエル・パレスチナの若者たちにどんな形でもいい、「和平の報酬」、平和の有り難みを知ってもらうこともパレスチナ和平に役立つことだろう。その意味では、第二次世界大戦後、平和国家の道を歩んできた日本には少なからず貢献できる分野があるはずだ。