ONCe again.

彼がポケカお兄ちゃんと呼ばれていた頃からもう10年以上の月日が経った。
今では自虐的にポケカおじさんと自己紹介する彼だが、まだあの頃の闘志を忘れている訳では無い。

この数年でポケカを取り巻く環境も大きく変わった。
10年ほど前に海外でプロリーグの発足。
彼、ヤマグチヨシユキは初年度から本場アメリカへと単身渡米。
今でも第一線で戦い続けている。

ただ、近年の成績は下降調子。
迫り来る新星達を前に古豪の意地を見せていたが、何よりも彼自身が限界を感じ始めていた。

引退か……

そう考えることも多くなった。

もう十分やりきっただろう。
一度日本に帰ろう。

ヤマグチの活動休止会見はSNSで注目を集めたものの、二日もすればいつものタイムラインに戻っていた。

引退ではなく活動休止を選んだのは、まだ心のどこかに熱が残っていたのかもしれない。

お疲れ！
せっかくならまたオフ会やってみない？

日本に戻り数日がたった頃、カードショップを経営している旧友から連絡があった。
彼の店は数年前に全国展開を成し遂げ、今や日本有数のカードショップとなっている。

人集まるかな？

大丈夫！大丈夫！気軽に来なよ。

不安をよそに企画はトントン拍子で進み、一月後、名古屋市大須でオフ会は開かれた。

久しぶりのカードショップ。
少し湿った空気。紙の匂い。シャカパチの音色。
時代は移れど変わらない景色がそこにはあった。

イギリス戦の最終戦痺れました！

ネギガナイトVVexデッキ参考にさせてもらってます！

息子もプロになるって張り切ってます！握手してあげてください！

プロになってからの方がファンが多い彼。
アメリカでの苦労やエピソードを参加者達と語り合った。

サインお願いします！！

もう10年以上前のカードを手に小学生が大きな声を発する。
サーナイトex、当時からすると予想もつかない価格のついたカードに一瞬手が止まる。

本当にいいの？

うん！パパがサインもらうならこれにしろって買ってくれたの！
ママにはすっごい怒られてたけど！

そうか、あの頃応援してくれていた人がまだ……

スケジュールはサイン会から対戦会に移る。

本日は特殊レギュレーション！
ヤマグチ選手が優勝された2023年のレギュレーションで行います。
貸し出しデッキも多数ございますのでどうぞご参加ください。

トーナメントを勝ち抜いた優勝者がエキシビジョンマッチとしてヤマグチと戦えるルール。
意外にも当時のカードを揃えたプレイヤーが続々と集い、ポケカの盛り上がりを再認識した。

ね、心配なかったでしょ？

順調に対戦が消化される中、旧友が声をかける。

久々のホーム。
自分はこんなにも多くの人に愛されていたんだと改めて感じた。
まだやれることはあるのか。
まだ熱を燃やして戦いの場に戻れるのか。

いや……

彼は悩んでいた。
自分の心持ち一つで勝てるようになるほど勝負の世界は甘くない。
そのことを誰よりも分かっているからこそ……

｢オニィチャァン！｣

はっと声の元を振り返る。
そこには仲良くポケカをする兄弟。
一瞬自分のことかと思ったことに恥ずかしくなる。

もうすっかりオジサンなのにな……

｢なーに暗い顔してんの、お兄ちゃん｣

……は？

｢早く対戦するよ！｣

トーナメントを制し、勝ち上がってきたプレイヤー。

この世界でまだ彼をお兄ちゃんと呼ぶ彼女の手には、

当時、自らが手渡したアルセウスデッキが握られていた。

2023.8.24
ONCe again.

妹が世界大会観てポケカデビューしそうなのマジでおもろいwwwww pic.twitter.com/dtReVVnO9L

— 凱(よし)/Yoshiyuki.Y (@yamayoshi1026) August 15, 2023

※この作品はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。