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異なる他者と協働するということ
異文化理解
共生
国際理解教育
いろんな言葉で表現はされていますが、簡単にいえば、「隣にいる人と一緒に問題解決できること」。
極論をいえば、隣にいる友達ともやりとりできない人が、外国の方とやりとりなんてできないと思っています。
育ってきた環境が違うのだから、伝わらなくて当然です。うまく伝わらないということを前提にしてコミュニケーションを図っていれば、自ずと相手に寛容になれるし、そうやって対話を通して納得解を求めた結果仲が良くなることもある。ならないことも大いにある。
コミュニケーションを図らず、分からないことを面倒だと感じてしまうまま成長してしまうと、相手を排除する対象としてしまいがちです。
家庭においてもそうだけど、教育の世界では、早くて、正確なものを求めてきたこれまでの教育観から脱却し、「伝わらなくて当然。伝わるまで粘り強くコミュニケーションを図ったり、妥協したり、納得できる点を探したりすること」を子どもと共有すべきだと思っています。
相手の背景がわかったら、これまでと見え方が変わるはずです。