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金春流能楽師 山井綱雄さんに魔女トレ

能楽師の方にお話をうかがいながらじっくりとセッションをさせていただく機会は魔女トレ初。

セッションを開始し、身体の繋がりを見るために立ちしゃがみ(蹲踞)お願いしてみたところ、さらっと動かれたその動作のあまりの美しさ・見事さに、私は腰が抜けてしまいました。

山井さんの動作は、一般的な今からやるぞ、という動作の切れ目なく、力むことなく、もはやそこに突然浮かび上がった現象といえるものでした。

意識の有無に関わらず、稽古を重ねてきた身体が自動操縦で精密さと緻密さが「美」となっている様。

(導入部分なのに、、こんな身体の方に魔女トレができることは果たしてあるのだろうか?と思いました。)

…………………

山井さんが魔女トレを受けるに至ったのは、魔女トレを受講されたお弟子さんからの提案によるものでした。

6月に脳卒中で倒れ、その際に右手足が麻痺。半身が動かず、喋りもままならなかったそうです。

そこから9月に舞台復帰(驚異的な回復)。凄まじいリハビリの日々を送られていたそうです。

また、過去に舞台本番中のものを含め大怪我を幾多も経験。その度に超人的な回復を見せ、ここまでこられているとのことでした。

驚異的な回復の裏には、応援してくれる方々、復帰を願う方々のためにと、山井さんの信念・意志の力が。

神経が通うまで執念深く忍耐強くあるしかない、果てしないリハビリをされてきたとのことでした。このエピソードだけでも多くの方に大きな希望を与える存在だと感じます。

右側上半身の硬さがまだ残っていたり、脳で認識する感覚情報に左右差があるものの、私が視て感じた山井さんは、実際に動いている"肉体"にはほぼ差がありませんでした。

山井さんの身体に触れさせていただきながら浮かび上がる"中身"の濃さと深さ。能という世界の身体とその稽古、鍛錬の在り方の素晴らしさが想像でき、感動しました。

必要のある稽古しかしていない、トレーニングのためのトレーニングなどなく本物の動作を積み重ねてきた方の身体は、触れていると大自然そのもののような雄大さが内包されています。

"無い"けれど"有る"。細かい粒子の集まり。関節が常人の数倍あるような。

私が感じる景色を表現するなら

「-空-(くう)」

意識の有無、意識のレベル、幽玄の世界を表現する(行き来している)身体に触れたのか…と。セッション後の余韻と微かに残る記憶を辿るとそのような景色でした。

(セッション中の私は相手の身体にただ集中しているだけなのでなにも考えていません)



セッション後、山井さんは「地に足が着く感覚を思い出した」「すごくすっきりしている」とおっしゃってくださり、安堵。

大変充実した時間を共有させていただき、感謝しかありませんでした。

…………………

山井さんの足には特徴がありました。

最新の魔女トレを受講された方はわかると思いますが、足首にピキッと出る腱…

山井さんはあれが全く出てこない。

「えー!!」こんな人が実在するんだ…!と思わず叫んでしまいました。

山井さんがあらゆる怪我から復帰できた背景にはこの高い連動性がある身体だったからなのかも、と。
しかしこの足首は、もともとの身体に備わっていたのか、能特有のすり足の鍛錬によるものなのか。丹田/腰の意識によるものなのか。おそらく"全て"であろうと思います。

なお、能楽師の方全員が足がやわらかいわけではないです。でも足を研究する身としてはすり足は身につけるとすごいことになることは言えると思います。しかしそこに能の世界観(意識)があってこそで切り取ってはいけないと思います。とにかく深い世界を垣間見ることができました。

山井さんに手と足を繋ぎ、グーパーを繰り返し、丹田がそのときに連動していることをお伝えしている時の山井さんの丹田は、全身感・充実という実感の発散/吸収の宇宙感からもたらされていた気がしました。



なので足首における分析は野暮であろうと思います。すり足も丹田もそう簡単には体得できないものです。膨大な時間をかけてこられたからこその結果…。

足元が土台となって築かれる身体もあります。指先や頭の先隅々まで張り巡らせる意識が足元を含めたテンセグリティ構造そのものを生じさせ、その結果としての強くしなやかな足にもなるものです。

身体の神秘に触れ
身体というものがいかにして成り立つのか…
本人の意志が及ぼす力と可能性…
身体づくりの在り方…
日本の伝統芸能の世界…

様々な領域・角度から思考を巡らせました。

幸せなひとときでした。

山井綱雄さん、この度は誠にありがとうございました。

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