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【連載企画】みやざき考福論 第1部

 時代の行き詰まり感は一層強まり、経済に代わる価値として幸福が注目されている。本県も人口減少や少子高齢化により先行きは見えないが、未来を照らす「幸福の種」が足元に埋もれているのではないか-。第1部では、幸福をめぐり都道府県のランク付けが活発化している現状を追う。

このコンテンツは2017年の年間企画として、宮崎日日新聞社・本紙1面に2017年1月1日~10月1日(第1部・1月1日~1月14日)まで掲載されました。登場される方の団体・職業・年齢等は掲載時のものです。ご了承ください。


第1部~ランキング狂騒曲~

1.古里

豊かな暮らし山あいで実感/経済より自然、家族

 年の瀬を迎えた椎葉村尾前地区。底冷えのする中、浄行寺の3代目住職・尾前賢了けんりょうさん(53)が掃除をしながら新年の準備に黙々と取り組んでいた。山あいの集落には清流のせせらぎだけが響く。辺り一帯が大自然。20代のころ経験した都会の便利さはないが、「山の食材や四季折々の美しさがある。自然の恵みにあふれた日常が幸せ」。尾前さんは笑みをこぼす。

山あいの集落で自然の恵みに感謝しながら生活する
尾前賢了さん(左から2人目)。「暮らしの中に幸
せがある」と語る=椎葉村尾前

 妻幸代さん(44)、小学4年の次女歩美さん(10)、母迦代かよさん(77)と4人暮らし。住職の傍ら近くの湧き水をろ過してボトル詰めし、注文販売しながら収入の足しにしているが、「生計を立てるのは大変」。ただ、身の回りには「買えないもの」がそろう。
 山や川は旬の食材にあふれ、ヤマザクラやイチョウが山肌を染め上げて季節の移ろいを知らせてくれる。「自然に生かされる暮らしは、とてもぜいたく」

◇     ◇

 大学卒業後、大阪の司法書士事務所で働いた。寺の跡を継ごうと26歳で一時古里の椎葉に戻ったが、都会への憧れを捨て切れず再び大阪へ。しかし、当時住んでいた地域は光化学スモッグが多発。生活できる場所を求めて関西の田舎を回っていたら、「古里の素晴らしさに気付いた」。帰郷したのは30歳だった。
 古里は今、活気が失われていると感じる。地区には現在、50世帯ほどが生活し、住民の半分以上が高齢者。地元の尾向小には30人ほどの児童がいるが、以前はもっといたという。林業や建設業といった仕事はあるが、安定を求めて若者たちは離れていく。
 「生活するためには稼がないといけない。でも、お金の先にあるのは物質的な豊かさだけ。それが全てではない」。尾前さんは力を込める。
 正月を実家で迎えようと、宮崎市内の短大1年の長女菜奈さん(19)と延岡市内の高校1年の長男天了てんりょうさん(16)が久しぶりに帰省した。家族がそろうこともかけがえのない時間。「当たり前の暮らしの中に、幸せは見つけられる」。尾前さんは、過疎地で生きる魅力を次世代に伝えたいと考えている。

◇     ◇

 「経済的豊かさ」から「心の豊かさ」へ-。ここ数年、繰り返し語られてきた言葉だ。
 「幸せの国」ブータンの暮らしぶりを伝えている福井市のNPO法人「幸福の国」の野坂弦司理事長も、「お金が満ち足りれば幸福とは限らない」と指摘。国内総生産(GDP)の追求は物質的な豊かさを生んだ一方、国民の格差を広げ自然破壊も招いたとして、「人間本来の幸せから離れている」と持論を述べる。
 人によって幸せの形は違う。近年は、生活や教育、文化などさまざまな指標で都道府県をランク付けしたり、独自に指標を作ったりして、幸せの答えを探す取り組みが目立ってきた。そして本県も、同じように幸せを求めて動きだしている。

2.幸せの指標

閉塞感 希望に変われ/地域の課題浮き彫りに

 講義室のスクリーンに、都道府県の順位が映し出された。1位福井、2位富山、3位石川と続く。昨年11月末、富山市の富山大で開かれたシンポジウム「幸福感の社会心理学」。北陸3県の幸福について考えるため、引き合いに出されたのが「幸福度ランキング」だった。

注目度が高まるとともに、さまざまな研究機関が
発行するようになった幸福度ランキング

 「生活や教育面が充実している」「コミュニティーがしっかりしている」。「学力」「一人暮らし高齢者率」などランキングを構成する指標を基に、3県が上位にランクされた理由に専門家がさまざまな観点から迫っていく。会場には、福岡や大阪など全国から社会心理学者ら約80人が来場。表情は真剣そのもので、幸福の研究が脚光を浴びている現状が、会場の雰囲気に現れていた。

◇     ◇

 幸福度ランキングは、シンクタンクや大学が仕事や生活、教育分野などで幸福を測る指標を独自に設定し、自治体に順位を付けるものだ。
 2011年には、法政大大学院・坂本光司教授の研究室が出生率や有業率など40指標の総合平均評点を都道府県ごとに算出した「47都道府県の幸福度に関する研究成果」を発表して注目を集めた。日本総合研究所(東京都)も12年から隔年で幸福度ランキングを発行。慶応大の「子どもの幸福度に関する計量分析」や、博報堂(同)と慶応大による「地域しあわせ風土調査」もある。
 本県の順位はどうか。坂本教授の「成果」では27位、日本総研の12年版は20位、14年版は30位、16年版は34位にとどまる。特に、地域経済の弱さがマイナスポイントとなった。ただ、待機児童の少なさをはじめとした子育て環境は評価されている。「子どもの幸福度-」は14位、「地域しあわせ-」は4位だった。

◇     ◇

 「経済や社会全体に漂う閉塞へいそく感を希望に変えるために、幸福感とは何か掘り下げる素材を示したかった」「地域にとって重要な課題を見つけるきっかけにしてほしい」。ランキングの狙いはさまざまだ。
 内閣府の「幸福度に関する研究会」で委員を務めた経験のある京都大こころの未来研究センターの内田由紀子准教授は「順位が分かると目標を設定しやすい。ランキングを求める自治体も多く、幸せの指針を探し求める時代に入った」と考える。
 経済一辺倒の時代が築き上げた豊かさが揺らぐ中、注目度が高まっているランキング。果たして、私たちの心や暮らしを満たしてくれる新しい価値を生み出してくれるのだろうか。

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