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愛されなかった記憶は悲しみを産む

最近毒父や毒母や毒婆との思い出が、怒りや恐怖を通り越して悲しくてたまりません。
自分が大人になってから、毒父も毒母も毒婆も心に余裕が無かったんだな、親として未熟だったんだな、可哀想な子供時代を過ごしてきたんだな、ということが分かるけれど、それでも人並みの愛情は欲しかったんだよね。

姉妹や友達と比較されてけなされるのは本当に嫌だったし、毒母がいよいよ狂って精神病院に長期入院した時、私たち姉妹はまだ幼かったから母方の祖母(毒婆)が家事育児をしにきてくれたんだけれど、一番心細いときに、料理や洗濯や掃除ができないことをすごく怒られたり(長女の私、まだ小3でした)、学校での大事な持ち物とかの連絡事項を伝えると「うるさい、自分でやれ」と怒鳴られたり、一番堪えたのは度ある毎に「お前たちがいるせいで大事な〇〇ちゃん(同居している孫)の面倒が見られない」「あんたたちなんか生まれてこなければよかった」と言われたことかな。

この言葉、毒母も愚痴のごみ箱のときよく使っていたけれど、毒婆も毒母に同じことを言っていたのかもしれませんね。
毒親は連鎖するは本当ですね。

私は母方の祖母(毒婆)が大嫌いになりました。
以来、毒婆が死ぬまで帰省の時は、母方の実家には行かなかったし、死んでも葬式には出ませんでした。
自分の生存を否定する人なんかとは仲良くなれませんよね。

毒父は暴君で過干渉の教育虐待で子どもに暴言/暴力/人格否定をぶつけていたし、毒母は重度の精神疾患だったから本当に酷くて、看病がとてもつらかったし、家事の一切をしながら学校の勉強もするしかないこと、毒母の愚痴のごみ箱になるしかなかったこと、自殺未遂の度に救急車を呼んだこと、正直私が大人になる前に死んでくれて本当に良かったと思っています。
介護や看病を、家族だからこそ優しくできないってありますよね。

大人になった今も、当時のことをフラッシュバックしてしまい、その発作が本当に苦しくて、精神論や親孝行をぶってくる人に、お前らに何が分かる!って苛立ってしまったりで、私は多分一生毒父や毒母や毒婆のことは許せないな。
カウンセリングなど受けてトラウマに触れた日には、心が壊れる気がします。

酷いことをされた出来事はありありと思い出せるのですが、その時どんな感情だったのか、本当はどうして欲しかったのかが、どうしても分からないのです。
感情の記憶喪失ですね。

生まれてきたくなかったな。
生まれてこなければこんな苦しい思いはしなかったのに。
死にたいという思いはないけれど、消えてなくなってしまいたい、という思いは強くあります。
毒父と毒母は子どもを産んで、私がいて、幸せだと思った日はあるんだろうか?

老後の面倒も見ない薄情な娘ですけれどね。
自分が破滅してしまう位なら、毒親など見捨ててしまった方がいい、と心の底から思っています。
毒父が死ぬのを待つのではなく、自分の人生の生き直しをしなくちゃね。






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