組織変革の鍵を握る「フォロワーシップ」
いまのマンションに引っ越して不思議に思うことがあります。
自然と挨拶し合うのです。顔見知りでもないのに。通りすがりに挨拶し合う雰囲気があるのです。
以前住んでいたマンションではそういった雰囲気はなく、「お隣さんだ」と分かっていても知らぬふりをしていました。
なぜでしょうか??
“5年前の私は挨拶しない人間で、いまの私が挨拶する人間に変わった”というわけでもなく、“あのエリアに住んでいると挨拶しないけれど、このエリアに住むと挨拶する”というわけでもありません。
例えは異なりますが、職場でも似たようなことが起きています。
「この会議は誰も遅刻しない」と思っていると、自分もその会議には遅れないように参加する。
一方で、「あの会議は皆いつも5分、10分遅れて集合する」と思っていると、それに合わせて自分も5分、10分遅れて参加する。
このようなことは、想像しやすいのではないでしょうか。
つまり、挨拶するかどうかや時間に対する意識は、個々人の問題ではなく、集団がその規範を作っているといえます。集団の規範に合わせて自分の行動を決めているのです。
日頃挨拶しないAさんも、挨拶する集団に入れば、挨拶するようになるし、
日頃時間にルーズなBさんも、みんなが時間通りに動けば、自分も時間通りに動くようになると考えられます。
では、「挨拶しない職場」を「挨拶する職場」に変えるには、どうしたら良いでしょうか?
同じく、時間にルーズな職場を改善するには、どうしたら良いでしょうか?
これは、なかなか難しい問いです。
なぜなら、挨拶しない職場に挨拶する人が入っても、挨拶しなくなってしまう可能性が高いからです。
同じく、時間に対する意識の高い人も、時間にルーズな職場に入ると、ルーズになってしまう可能性がある。
すでにある規範や暗黙のルールに変化を起こすのは難しいのです。
今回は、「フォロワーシップ」というリーダーシップから、そのような状況に変化を起こすためのヒントを探ってみたいと思います。
イノベーター理論で紐解く、ムーブメントのメカニズム
以前、TEDでプレゼンされた有名な動画があります。
私がこの動画を初めて観たのは、彼是10年ほど前になりますが、かなりの衝撃があったことを覚えています。この現象に、何か大きなヒントがあるのではないかと!
当時の私は、フリーのコンサルタントとして、とある契約先の人事制度をリニューアルするプロジェクトに取り組んでいました。
5名強のプロジェクトチームとはとても良い議論ができていて、新たな制度内容に経営陣の理解も得られていました。
しかし、職場の社員には、説明会を繰り返しても上手く理解が得られていなかったのです。
マーケティングの分野で、「イノベーター理論」というフレームワークがあります。「テクノロジーライフサイクル」とも呼ばれ、新たなテクノロジーが普及するプロセスを説いたものですが、私は前述の動画を見た時に、このフレームが思い浮かびました。
それと同時に、職場の大勢を巻き込めていないプロジェクトにおけるヒントがあると感じたのです。
動画に出てくる人々をイノベーター理論で捉えると、「裸の男」がイノベーターで、「フォロワー」がアーリーアダプターということになります。
動画内ではしばらくすると、周囲からアーリーマジョリティーが集まってきて、次第に身近にいた人たちがレイトマジョリティーとして巻き込まれていきます。ちなみに、近くにいても最後まで関心を示さないラガードもいました。
この構図が、人事制度をリニューアルするプロジェクトにおいても同じようにいえると感じたのです。
新たな制度に変わることで、給与が増えたり、評価が得られやすくなる人はその新しい仕組みに賛同しますが、一方で、新たな制度に変わることで、改悪になる人は抵抗勢力となります。
しかし実際は、仮に100名の社員がいた場合、「私は賛成」「私は反対」と明確な立場をとるのはそれぞれ1~2割程度で、大概の人たちは様子を見ます。いわゆる中立派です。
仮に、あなたがコンサルタントという立場だったら、プロジェクトを推進する際に、賛成派・反対派・中立派のどこに注目しますか?
前述の動画を見て私が注目したのは、中立派です。
挨拶しかり会議の時間しかり、多数派を占める中立派がその規範を作っているように、新たな人事制度も、多くの人がその制度を活用していることが重要です。多くの人が使っていれば、制度の内容も運用も自然と改善されていきます。
では、マジョリティ(多数派)を占めるこの中立派を、どうしたら巻き込めるのでしょうか?
多数派を巻き込むフォロワーの影響力
マジョリティを巻き込んでいく上で鍵となるのが、アーリーアダプターです。動画でいう、「フォロワー」の存在です。
芝生でくつろいでいた大勢の人たちにとって、リーダー(最初に踊り出した男)は裸で踊っていて近寄りがたかったはずです。
しかし、フォロワー(リーダーを真似て踊り出した2人目の男)が、裸の男の隣で自由に踊り出した姿は愛らしく、「裸の男と同じようには踊れないけど、2人目の男くらいなら真似できそう!」と徐々に賛同する人が増えていきます。
この過程でよく観察したいのは、「フォロワー」の動きです。フォロワーは、大勢の人たちに手招きをしています。
このフォロワーの存在と動きに、マジョリティを巻き込むための大きなヒントがあると感じました。
身近な例で考えてみましょう。
いまとなっては国民的アイドルとなったAKB48に起こった現象も、同じように説明できると思うのです。
私がAKB48を初めて知ったのは、恐らく15年くらい前。
当時のイメージは、秋葉原界隈の萌え系文化で、オタクと呼ばれる人たちに支持されているイメージがあり、そういうカルチャーに疎かった私は、どちらかというと近寄りがたい存在として見ていました。
大阪から遊びに来た友人に「AKB48を見に行きたい」と誘われたこともありますが、どうも気乗りしませんでした。
しかし、しばらくするとAKBはメディアでもよく取り上げられるようになり、支持しているのはいわゆるオタクだけではなくなりました。
それでも興味は持てずにいましたが、ある年の忘年会、私は自分の意志とは無関係に、周囲の仲間とAKB48のダンスを一緒に踊っていたのです。それまで敬遠していた私が、無意識のうちに周囲に巻き込まれ、楽しんで踊る側に立っていました。
この事例からいえる大事なことは、それまで賛成派でもなく反対派でもない中立派の中から、新たな賛同者が現れるということです。
大勢の中立派を巻き込むためには、はじめから賛成だった人がより賛成派になることよりも、それまで中立的だった人が賛成派へ変わることの方が、大きな影響力があるのです。
人事制度をリニューアルするプロジェクトにおいても、中立派から賛成派が生まれていく小さな変化を見逃してはならないと感じました。