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マンガというワクをぶっ壊した“C-TOWNスタイル”の真髄に迫る:斎藤潤一郎『死都調布』全話再読
(※作品のネタバレを含みます。未読の方は注意してください)
初めて『死都調布』を読んだ時の感動は忘れない。もはやマンガという既存のワクをぶっ壊し、マンガや劇画に“似た”新しいジャンルの表現方法の作品だと思った。鮮烈かつ不条理で、無国籍的かつスピーディーな作風の全てが斬新だった。今回は全話読み返し、ひとつひとつ“C-TOWNスタイル”の魅力を紐解いていく。
『イン・ザ・クソスープ』
タイトルの元ネタは村上龍だろうか?1文字変えただけなのに、全く別の物に見えるからスゴイ! “不幸な人を発見する探知機”を持った男が夜の街を徘徊する短編。水面に映る月明かりや、コーヒーカップに反射する灯など、「闇の中の光」が美しい作品。突如としてツイストを踊り出すラストも何故だか楽しそうである。
CHAPTER.1:『指』
冒頭の「小便の回し飲み」のモノローグからしてディープインパクトな第1作。“調布”と言いつつ、タランティーノの映画のようなオールドファッションなアメリカ風の風景、チャイナタウン(「はふはふ」と饅頭を頬張るコマの、なんと美味しそうなこと!)、そして京王線らしき電車のミクスチャーされた、「ごっちゃまぜの調布」が、指を無くした男を軸にフルスロットルで見せてくれる。ただの調布じゃない、”死都”調布に読者を招待してくれる作品である。
CHAPTER.2:『多摩川射撃練習会』
前作と対になすかの様に、ダウナーな雰囲気が独特な空気を醸し出す作品。でも突然イチモツ(銃になっている)を晒す小説家や、その男をボコボコにする無表情の女など、冷ややかな狂気を孕んでいるアンニュイさがカッコイイ。
CHAPTER.3:『遊戯の終わり』
木下という老タクシードライバーの、「オトコの不安定さ」みたいなものが哀愁を醸し出す、みやまるが今作で1番好きな作品。一方的に女房と同じ名前の風俗嬢を指名しておきながら、罪の意識から逃亡を図るなど、この狂気の町になった調布において、数少ないどことなく共感出来る所のある登場人物である。「越して来たばかり」、「ウツビョー」というセリフから察すると、この木下という男はもともとは普通の町に暮らす、普通の男だったが、“死都”調布に越して来て、この街のスケールについていけず、精神の変調を起こしたのではあるまいかと、深読みしてしまった。
CHAPTER.4:『野良犬』
調布に大阪からコテコテの関西弁を喋る、金田という「異邦人」がやって来る。宗教団体においてある程度の地位を持つこの男は、どうも調布の雰囲気が気にくわないようで、悪態を立て続けに吐くが、その果ては…。もはや、野良犬さえも鼻から火を噴く狂気に染まったこの街は、「逆らった」人間は帰ることすら許されないという、闇の深さを感じる作品。
CHAPTER.5:『IN THE DOGG SOUP』
おそらくもっともバイオレンスなエピソード。普段は平然とスーパーのレジ打ちをしている女も、刑事をしている男も、陽が沈めば、ルンペンや家族に陰惨な暴力を振るう。”死都”調布において、暴力は日常に潜み、突発的にかつ、時に理由もあいまいのまま下される。そして北野武も言ってる通り「『殴るぞ』って言って殴るより、突然殴った方がはるかにダメージを加えられる」のだ。
CHAPTER.6:『かぶ』
霊媒師の関暁子という女性と、アトリエを探し求めている出っ歯の平井という男のエピソード。両者に共通してうさん臭さがあるが、暁子は「この仕事にプライドを持っている」とし、平井もセクハラの謝罪をするなど、わずかばかり彼らなりの「良心」を持っているのがわかる。調布の独特な風景をバックに、静かな住民の生活を描いた渋い逸品。そして、126.ページ目の「ひゃっほう!」は実に楽しそうでイイ!
CHAPTER.7:『野良犬2』
ドアに挟まれ千切られた腕が、独立してヒッタヒッタと動き始める不条理劇。所々で登場する蚊や犬や巨大蜘蛛が不気味さを増長させている。躁病っぽい刑事が最後に「JAZZの世界」に入り込んでいく、ラストのコマが、グロテスクさだけに留まらない『死都調布』という作品の、豊かさと言えるかもしれない。
CHAPTER.8:『ILL STREET』
『遊戯の終わり』とはまた別の、儚さ、物憂げさを持った一作。ハゲ頭のタコス屋の大将は、飲んだくれで、葬式でも煙たがられるような、ダメな人間であるところを見ると、過去に大きな過ちをしているに違いない。そんな彼のタコス屋に「親父を知りたい」とケンという息子が顔を出す。「あんたに似ればよかったな」とつぶやいた彼が、結局は親父のように酒にまみれ、交番の厄介になるというラスト心に沁みる。
CHAPTER.9:『DO THE WRONG THING』
CHAPTER.10:『DO THE WRONG THING2』
とうとう調布の街の混沌も頂点に達していく。「斎藤潤一郎ミステリーツアー」なるアトラクションが行われ、ピストルが仕込んである『死都調布』の単行本や、作者である斎藤潤一郎を名乗るキャラまで登場し、さらには作者はそのピストルで登場人物を殺していくという、魑魅魍魎な「楽屋オチ」が物語をかき乱す。ただでさえ型にハマらない「暴れ方」をしてきたこの物語は、その“型”をグロテスクにぶち壊し、物語というより「モンスター」というようなマンガへと変貌していく。
そしてレストランでは米朝首脳会談が放映される「リアル」がある一方、タコのような奇妙なロボットは風呂に浸かる女性の眼球に入り、作者の斎藤も奇病に侵されるという、その魑魅魍魎さが誰の手にも負えない臨界点まで達したところで、謎の全裸女性と虫のような巨大生物が交差して、混沌に満ち溢れた調布の物語も終わりを迎える。読む度に悪夢の終わりのような、ちょっとだけ気持ち悪く、けれどもどこか懐かしいような、強烈なのに輪郭がぼやけた気分にいつもさせられる。
Deadly Weapons
『JAIL』
ここからは1ページ6コマほどの掌編。『死都調布』のプロトタイプともいうべき作品も多い。『JAIL』は、「映画に行こうぜ」と誘った相手をビリヤードのキューでぶちのめす。たしかに「前触れのない暴力」は『死都調布』そのもの。とはいえ、「短気は損気」すぎじゃ…(苦笑)。
『散歩』
さみしいオッサンのナンパ失敗談。家族からも心中に「誘われない」あたりも、孤独なオトコである。
『ランゴリアーズ』
股間の匂いから疎開先の風景を思い出し、涙を流す…って一体どんなオ○コなの?
『NIGHTHAWKS』
指を無くした男という、これまた『死都調布』の原型を感じさせる話だが、なんとソーセージで代用してしまう。一体何味を選んだのだろう。
『土曜』
『かぶ』にも登場した「ひゃっほう!」がココにも登場。土曜のカレーはたしかに嬉しい。
『めし』
売春婦の生首でタコスを作る話…って書くと相当アブナい、カニバリズムの話になるが、グロさどころか、ちょっと軽快ささえ感じる。全ては「ADIOS!」の一言に尽きる。
『HEAVEN』
風俗で言うところの“黄金”の話だが、何故か温かみがある。…物理的にも。
『散歩2』
クイズ形式のお葬式(?!)に出くわす短編。野球帽の男は無事正解したようだが、じゃあほかの「選択肢」のホトケは誰なのだ…。
『暗夜行路』
ドクロ頭のジャパニーズ・ヤクザが地獄から復活。しかし娑婆での生活は空虚なモノで、北風も骨にしみる。寒々としたテイストが、左下の「THE END」と重なって、余計さみしげだ。
とまあ、長々と書いといてアレだが、リクツで語れるような作品ではない…。とにかく、あの誰にも似てない独特な画風と、”死都”調布という街の気持ち悪さの中に、上品さや崇高さを持った雰囲気は、紙の本を手に取って、ドキドキしながらページを捲らないことには伝わらないだろう。手に汗握りながら、一気に読め!途中で止めるな!覚えとけ!…そんな一冊だ。