障害のある子に始まりと終わりだったり、細かいことを教える
子どものシャンプーがなくなった。
新しいものに変えるのだけれど、ふとちょっと気になってどうやって開けるのか教えようと思って子どもに話した。
ほら、シャンプーの開け始めってポンプの首が容器の方に入っているじゃない?くるくるっとねじってポンっと首が出てきてから使えると思ったら、数回空押しみたいにしてからシャンプーが出てくるじゃない。それがちょっと戸惑うと思ったんだよね。
おまけに子どもが選んだシャンプーには、<これ、おすすめですよ!>的なシールがバーンと貼ってあって、それを取ってから使う感じ。
それもついでに話してみました。
いくらなんでもこりゃわかるだろうよ…と思いつつも話したら、やっぱりわかったみたいで子ども、ちょっと苦笑い。「もうわかるからいいよ…」と言ってました。失敬…失敬…
とはいえ、このシャンプーの前のシャンプーが使い終わる時に、空になりそうなシャンプーを押してもほんのちょっとしか出ない数日間を過ごしていたんだろうなぁ~とかあったので、もう一度どのぐらいのシャンプーの量を使っているのかの確認を…そこは夫氏に頼みました。
そんな話をしてたらさ、終わりかけのシャンプーは、私はお湯入れてゴショゴショやるんだけど、夫氏はやらないんだって…。
なるほどね…。まぁ、一度洗って乾かして…とかめんどいよね。そのまま新しいの入れるって事もある?のか…。まぁ、任せるよ。
とはいえ、こうやってさ…シャンプー一つ取ったって、どこが終わりで始まりなのかわからないよね。
次のシャンプーを選ぶのに前のシャンプーの匂いが嫌だっとか、洗い心地が嫌だったとかあるじゃない?
こうゆうのなんともなく、日常の生活の中でさらっとやってる私たちって本当にえらいなって思う。
そして、このさらっとやっている事を教えるという事を考えると気が遠くなる。