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メルボルン行きのフライトの中で

「スオミの話をしよう」という映画を観た。相手に合わせて人格を変えて振る舞う女性と、その元夫たちが巻き起こすサスペンスコメディ。元夫たちは元妻スオミの一面だけを本当の彼女のように認識していたが、彼女のそれぞれの振る舞い方は、彼らが彼女に投影していた「こうあってほしい妻の理想像」であり、スオミは器用にその役を演じていただけだった。多分本人も最初は相手の理想に合わせて振る舞うことが自分にとっても楽だと感じていたのかもしれないが、次第に「本当の自分とは?」を模索したくなっていくところが、この映画が単なるサスペンスコメディでは無いなと感じさせる部分だった。

さて、私はいま家族として夫の駐在先に帯同するために、オーストラリアのメルボルン行きの飛行機に乗っている。有難う会社(私も元勤務先)、妊娠8ヶ月になる身重の身体にとって、ビジネスクラスは大変快適でございます。

今の感情がなんとも落ち着かないものなので、フルフラットを少し起こした状態で暑すぎるくらいの布団に包まれながら、お腹いっぱいで少しぼんやりした頭でこの日記を書くことにした。

はじめて、自分の人生で誰かの決断に乗っかる経験になる。正しく言えば、駐在という大きなチャンスを掴んだオット氏が「行く」と決めた後、私自身も考えた末に「自分にとっても転機になるかもしれない」と、自分で決めた選択なのだけど。彼からは「着いてきてほしい」と言われた記憶はあんまり無い。

どんなことが待っているのだろう。ほとんど知り合いもいない、行ったこともない国。地球の歩き方すら買ってないから、どんな国なのかの基本情報もあんまり分かってないまま、どこか他人事のようにぼんやり捉えていたけど、私が行くんだった。みんな言うのは、「住みやすくて、とても良いところ」ということ。だからきっと、その点は安心して良いはず。

出発当日まで年始恒例の箱根駅伝を観て、シード権争いにしっかり肝を冷やして(今年は推しの東洋大学が危うく連続シードを落としかけた)、なんだかちょっと良いランチをして、成田空港へ向かった。前回来たのはオット氏が先に現地に赴任するタイミングでのお見送りだったし、果たして成田から自分が出国したこととかあったっけ。いつも、誰かのお見送りで訪れる空港、という印象があまりにも強いせいで、なんだか空港に来てもなお、自分自身が渡航する実感は湧かなかった。

少しだけ実感が湧いたのは、保安検査場の手前で見送りに来てくれた義母と友人たちとハグしてバイバイしてくれたときかも。「ああ、少し離れちゃうんだなあ」ってぼんやり思った。そのまま出国審査も終えて、ラウンジで少しゆっくりしてたらあっという間に出発ゲートの集合時間に。重たいお腹をせっせと動かして、少し急ぎ足でゲートに向かった。

久しぶりの国際線、そして人生2度目のビジネスクラス(1度目はメキシコ行きのフライトで、幸運にも航空会社側でのアップグレード対象になぜか当選したとき)。いろんなものがアップデートされてて、訳も分からない間に離陸準備が進んでいった。仕事仲間の同期と本当にくだらないメッセージのやり取りをして笑っている間に飛行機は空に飛んでいた。

そこから映画を観て、機内食を食べて、脚が痛くなったので機内を歩き回って、血流を戻したらなんだか眠たくなってきて、フルフラットに横たわって今に至る。

本を読もうと手に取ったけど、なんとなく気が乗らなくて、その代わりにいま、とめどなくまとまりのない気持ちをこうしてダラダラ記している。

メルボルンに着くまであと6時間10分ほど。普通なら、目を閉じて寝てしまえばあっという間に過ぎるような時間であり、本当に起きたらもう着陸体制だったりして。

目が覚めたら、新しい人生が始まる地に降り立つのかあ。やっぱり実感は湧いてないけど、都内のホテルで「いけー!」とか言いながら、箱根駅伝のシード権争いを眺めていた時よりは、いくばくか実感が増しているのかも。

メルボルンという街で、初めての駐妻生活をして、初めて子どもを産む経験もして、春以降の私の生活って、本当にどうなっていくんだろうか。何にも分からないけれど、これまでの人生の教訓上、「なんとかなる」んだろうなあ。

みんなに「海外で出産なんて本当にすごい」と言われるけど、世界どこでも妊婦はいるし、無事にみんな産んでるからこそ命が続いてるんだぞ。日本で産むなら言葉はもちろん全部通じるからその部分での気楽さはあるけど、初産の私からしたら、出産自体の知見はないわけで、ぶっちゃけどこで産んでもそんなに変わらないのでは、とかなり舐めたことを思ってしまっている。果たしてどうなることやら。

お腹でお子は元気に動いている。電車も飛行機も好きなのかなあ、物理的に移動してるとき、あなたは本当にドコドコと動いてくれるよね。楽しんでいるのかな、それとも「落ち着かない!」と怒っているのかな。

あと3ヶ月もしないうちに会えるね、どんなお顔をして、どんな性格なのだろう。あなたはあなた、私は私、と切り離して育てていきたいけれど、しばらくはきっとあなた中心の生活になりますね。どうぞ、お手柔らかに振り回してくださいませ。

これから先のことをあんまり深く考えてもしょうがないね。人生はなるようになるし、何事も「ようこそようこそ」の精神で大きく構えていた方が気楽なのかもしれないな。とりあえず健康第一に、紫外線5倍の恐怖はすごいけど、しっかり者のオット氏に支えてもらいつつ、まずは慣れていけたら良いな。

会社を辞めて美大の大学院に飛び込んだ時に決めたモットーを再び思い出しておこ。

「いまは先のことが分からなくても、選んだ選択肢を正解にしよう。未来の自分がこれで良かったと言えたらそれで良い」

大学院に行った選択肢は、間違いなく人生で最高の選択だった。

メルボルンでの日々も、きっと、そうなるはず。
おやすみなさい。

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