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虹色銀河伝説 地の章⑧

43 幻惑に沈む街

 所変われば評価も変わるものだ。
 平和な場所で事なきを得ようという私の当初の目論見は今ではどこ吹く風。なんの因果かSDFの隊員になってしまった私は、四年ぶりに出現した怪獣を退治するため仙台に向かわされている。

 簡単に経緯を説明すれば《避難レベルRED》にも関わらず現地被害者の救命活動を優先した私の行動は、県警には重大な過失と捉えられた一方、SDFには高く評価されてしまったということだ。失職した私はSDFからのオファーを受けざるを得なかった。家族のためだ。それは同じく辞職に追い込まれた篠部、美方も同じだ。しかも配属先は三人とも面識のある鉄腕部隊。何かあれば真っ先に最前線で戦わされる役だ。
 ああ、我が人生……言葉もない。

『臨時ニュースです。本日午前10時頃、仙台市街地に怪獣が出現しました。キノコの様な形状から《菌糸怪獣ファンガイヤー》と呼称されるとのことです。現在SDFは首都防衛圏から仙台に急行中とのこと。また宮城県の全線地下鉄、新幹線共に運休となっているほか国道は一部走行不能となっている箇所があるとのことです。避難勧告の出ている場所にお住まいの方は可能な限り遠方へ避難してださい』

 近年、日本の地下設備は大きく発展している。中でもSDFのアンダーグラウンドザレールは東京基地から日本全国へ部隊の高速派遣を想定して作られているため、ガンボットの移送も東京から仙台までわずか1時間足らずで完了できる仕様となっている。
 私たち鉄腕部隊はガンボットを格納するコンテナと遠隔操作用の特殊車両、護衛用の戦闘車両をレール上の荷台(※トロッコと呼んでいる)に乗せ、出撃した。
 レールは至るところに複数のジャンクションが用意されていて、コンピュータに行き先を入力するだけで自動的に最速ルート導き出してくれる。あとは黙って作戦を確認しながらその時を待つだけだ。
 私は初めての実戦任務に顔を強張らせながら何度もマニュアルを読み返した。
 私は篠部、美方と三人一組《コードネーム:ロシナンテ》となって最新鋭陸上戦闘車両ガーゼットに搭乗する。《ロシナンテ》の任務は主に二つ。索敵とデータ収集だ。私たちはいち早く怪獣の位置を確認してマーキングする。そしてその怪獣について事細やかなデータを収集する。私たちの集めたデータは司令部に直に伝達され、作戦の立案に転用される。つまり責任重大だ。運転は篠部、攻撃役は美方、索敵とデータ収集は私の役割だ。(まあ、なんというか、デジャブだね……)

 福島県浜通りルートから北上し、E1ゲートから仙台市街に入った。
(なんだコレは?)
 レーダーには、これまでにない規模の怪獣反応が確認されたが、動き回っている様子はない。カメラ映像で視認すると、仙台市街は巨大キノコだらけとなっていた。
「まるでキノコの街だな」
 と篠部が言う。
「スーパーマリオの世界かよ」
 美方はウケを狙ったが誰も笑わなかった。というより笑えなかった。辺り一面キノコだらけでさらに目の前で続々とキノコが顔を出してくるのだ。これまでの怪獣の怖さとは怖さの質が異なる。
 さらにそのキノコはカラフルな胞子を噴き散らし、街全体を濃霧のように覆った。
 怪獣が撒き散らす胞子なんて嫌な予感しかしない。
「はははははははははは、ははははははは」
 急に篠部が笑い出したかと思えば、美方は突然「うーうー」と泣き始めた。明らかに異常である。私はそのことを含め作戦室に報告しようと無線機に手を伸ばした、その時……。
「パパ」
 息子ソラの声がした。バカな、こんなところにソラがいるわけが……。
 あ、あれ?

「ねえ、いつまで寝てるの? いくら休日だからって寝すぎは良くないってよ。それに今日ソラとサッカー観に行くんでしょ?」
 リビングから妻、歩美(アユミ)の声がする。汗をかいたのか自分でもシャツの臭さに鼻が歪む。遮光カーテンの隙間から日差しが差し込み、デジタル時計を眩しく照らし出している。
 《09:37am》
 ああ、私はこんな時間まで眠っていたのか。
 その時、まだ七歳のソラが容赦なく私の腹部に飛び乗ってきた。
「おごぉぅ……やめてくれ、ソラ」
 苦しがる私がオーバーに見えたのか、ソラは私のリアクションにゲラゲラ笑った。
「パパ臭い」
 分かってるよ、パパは今からシャワー浴びて来るからソラは朝ごはん食べてて。
「もう食べたよ。まだ食べてないのパパだけだよ。みんなで食べようって何度起こそうとしてもパパ全然起きないんだもん」
 ソラは拗ねた顔をしながらカーテンを開けてくれた。シャリシャリとした日光が眩しい。
 そうか。なーんか変な夢見ててさ。
「どんな夢?」
 仕事の夢……街中にキノコみたいな怪獣が出てきて、それと戦ってるんだ。そんな夢。
「何それ気持ち悪い」
 そう、気持ち悪いんだよ。おまけに……あれ? なんだっけ? なんか忘れたけど、ほんと酷い夢だったよ。
「そんな夢見るなんて、随分疲れてるのね」
 歩美はそんなことを言いながらテーブルにコーヒーと目玉焼きトーストが乗った皿を並べてくれた。一度喜んだら毎回これが出てくる。
 警察の方が楽だったよ。怪獣さえ出てこなければ、毎日報告書に目を通すだけでよかった。それが今のとこなんて、毎日分厚いマニュアル読まされたあとにハードな実践演習。頭も身体もクタクタでさ。
「その分お給料が良いのと、休暇も長めに取らせてもらえるんでしょ?」
 いやいや、そう言っても、もし怪獣出てきたらドンピシャで現場急行だよ? 何人も殉職者出してる職場なんだから。割に合わないよ。
「でも、誰かがやらなきゃいけないことだわ。我が家のヒーローは怪獣退治の専門家なんて、結構私もソラも外では自慢してるのよ」
 よしてくれって。おれだって怖くなりゃ真っ先に逃げるんだから。ママとソラを残して死ぬわけにはいかないからさ、絶対。

 浴室の蛇口を回してみたが、お湯どころか水も出てこない。どこかで詰まってるのだろうか。
 なあ歩美、シャワー出ないんだけど
「え? そんなはずないでしょ? 昨日は普通に出てたわよ」
 いや、何度やっても水一滴出やしない。どうなってるんだ?
 そのまま私は何度も浴室の蛇口をひねり続けた。

44 悪の味方

 ぼくの計画通りSDFは仙台で硬直した。
 ぼくが作ったキノコ怪獣は、直接的な攻撃をしない代わりに胞子の毒気で幻覚を見せる。被害者は死ぬまで夢を見続ける。残酷な怪獣だ。
 そして、ここからが本番。
 第二の怪獣の登場だ。
 場所はシンイチや日々木のいる旭ヶ丘中学校の校庭。今日は平日で通常通り学校がある。さあ、青春などと浮かれている馬鹿どもを駆逐しろ、タイタンマンモドキの巨大怪人!

 旭ヶ丘エリアを見渡せる大志田山の山頂からぼくが声をあげると旭ヶ丘中学校の校庭が裂けた。そして裂け目から、地を震わすほど巨大でゴツゴツとした溶岩の様な腕が伸びてくる。

 怪獣を作るのは科学でも技術でもない。イメージだ。種に怪獣のイメージを伝える。それも具体的に詳細に。最初に作ったザリガニは細部に甘いところがあってバランスも悪く、そのまま弱点となっていた。強い怪獣を作るには、細部まで極めて具体的にイメージすることが大事だ。関節から皮膚、武器の構造から体内に至るまで、具体的であるほど強い。怪獣を生み出すことは一種のクリエイター作業と同じだ。デザインだけでなく機能性と実現可能性を考慮する。タイムワープが使えるとか瞬間移動できるとか、そういった能力も生態機能に裏づけされたものでなければ単なる妄想で終わってしまう。現実に怪獣を生み出すには現実的なイメージが必要不可欠だ。ザリザの時に思い知った。
 それにしても、怪獣の名前はぼくの予想もつかないネーミングが成される。単なるキノコ怪獣に《菌糸怪獣ファンガイヤー》なんてつけてもらってね。へへへ。今度のタイタンマンモドキの怪獣がどんなネーミングをされるのか楽しみだ。

45 贖罪の時

 退屈な授業中、僕はぼんやりと教室の外を眺めていた。休みボケが残った眠たい二学期の眠たい午後をなんとかやり過ごそうとみんな必死だ。

 なんで仙台で怪獣出てんのにウチらは休校にならないんだよ。よりによって午後の数学かよ。
 朝に四年ぶりの怪獣出現のニュースを受けて、それが仙台だと知ったとき、みんな休校になると期待していた。連絡網でも休校になるかもしれないって伝えられていた。なのにいざ蓋を開けてみると通常通りの登校だ。せめて午前帰りか短縮授業を期待したのにそれもなかった。
 あーあ、やる気なんて起きない。僕はこの前の期末テストで数学を避けて生きていくと決めたばかりだ。
 数学は僕にとってどんなに勉強してもまったくテストの点数がとれない教科だ。計算が難しいだけじゃない、文章問題の命令口調が苦手なんだ。あんなに上から目線で出題されると解く意欲もなくなる。そして数字は小さなミスにも厳しい。こちらの意図をほんの少しも汲み取ってくれない。人間なんだから小さいミスくらい仕方ないだろう。それを大きな器で受け止めるってのが真の大人というものだろ? なーんて言い訳するのも馬鹿馬鹿しいか。正確に計算できないの僕の頭が悪い。なんでだろう、不思議だ。何度も何度も確かめたはずなのに、どうしてこうも間違えるんだろう。どうしてこんなにミスに気づかなかったんだろう? 
 やめたやめた。
 真面目にやったって、ふざけたってどうせ結果は同じ。頑張った方がバカを見る。勉強も体育も委員会も極力手抜きでサボって謝って適当に済ませよう。
 人間を優劣二つに分割した場合、僕は必ずといっていいほど劣っている側に分類される。いつもいつも、小さい頃からそうだった。
 恋だってそうだ。
 なんてたって僕は愚かな敗北者の気持ちしか知らない。負け犬の味ってやつだ。だけど世の中には勝利や成功や尊敬なんて言葉が似合う人がいるんだものなあ。……いいなあ、なんでも上手くいく人の気持ちも知りたかったなあ。
 それに比べてワタルときたら「夢はSDFの隊員になってみんなを守ること」なんてカッコいいこと言って燃えてるんだから。てっきりお笑い芸人かギャグ漫画家にでもなるんだと思ってたのに。「数学も英語も必要だから」なんて言って張り切っちゃってさ。成績なんて僕とそこまで大差ないのに……本気でなれると思ってんのかな。
 あー暇。暇すぎ。
 その時、校庭の外を見ていた僕の視界に奇妙な揺らぎが映った。直後、下から突き上げるような振動が押し寄せた。
「地震だ」
「机の下に隠れなさい」
 教師の言う通り僕は机の下に頭を隠した。
 揺れは激しくなっていく。縦揺れ、横揺れ、机も僕たちも宙に浮き上がるほどの振動が襲ってくる。僕たちは薄々気づいてきた、これは地震じゃない……怪獣だ。
 トラウマとも言えるあの日とのデジャヴ。
「あっ、校庭が!?」
 石崎が窓の外を見て叫んだ。
 僕も机から頭を出して、窓の外を見た。
 あっ!と叫びたいタイミングでクラスのみんなが一斉に叫んだ。校庭が裂けて中から怪獣が出てきたからだ。

 いや、これは……立ち上がった姿は、怪獣というよりまるで……タイタンマンじゃないか。

 《にせタイタンマン》が校庭の真ん中から現れて校舎に向かってくる。二足歩行で人間みたいにドシンドシン音を立て、凶悪な顔つきで迫り来る。溶岩のようなゴツゴツした身体からは今にもマグマは噴き出そうな赤い模様。
 校内にいた人たちは一目散に逃げ出した。先生も「逃げろ!早く!」と生徒の背中を押し、階段なんかは大変な事故が起きかけていた。
 日頃の避難訓練はどこへやら《にせタイタンマン》の恐ろしい姿に気が動転して悲鳴を上げながら我先に走り出す光景は、世の末を連想させた。
 僕にとってこれはついにやってきた贖罪の時に思えた。アテル君の悲しみを忘れ、鉄河家の人たちやユウキ君の悲劇を忘れ、恋だの青春だのにうつつをぬかしていた僕への重い罰の時間だ。
 だから《にせタイタンマン》なのだろう?

「怪獣がどこに出たらいいと思う?」
 そんな問いに僕はほんの少しとはいえ、日々木ワタルの死を願ってしまった。そして怪獣はここに現れた。日々木ワタルの前に……。
 これは僕のせいだ。僕が悪いんだ。
 僕が他人の不幸を願ったりしたから……。
 窓の外を見ると《にせタイタンマン》が近づいてくる、そして手をこちらに伸ばしてきた。脆くも壁がつきやぶられ、怪獣の手が目の前に伸びてくる。イスや机、窓ガラスが粉々になってこちらに飛んでくる。感じたこともない衝撃だった。
 何もかも吹き飛ばされた。そして自分の身体がどうなったのか分からなくなるくらいの痛みと音と光に包まれた。
 僕は《にせタイタンマン》の手に捕まり、空中に持ち上げられた。このまま握り潰されるのだろうか。地面は遥か遠く、途中壊れた校舎とその下敷きになったみんなが目に入った。血の赤さが鮮明に視界に入る。これではどうしたって助からないだろう。これで終わりだ、何もかも……。
 たくさんの生徒たちが死んでいく。まだ中学生だった。みんなには夢があった。
 ……だけど、夢なんて状況の変化で簡単に吹き飛ばされてしまうものなんだ。
 誰かのちょっとした意地悪や間違いや勘違いで、ふとした誰かの思いつきで、ほんの少しのタイミングのズレで、夢はいとも簡単に潰えてしまう。だから人の夢は儚いということなんだ。

 怪獣の手に掴まれて死なないはずはなかった。 握り潰される運命しかなかったはずだ。
 それがどうして僕だけ生きているんだ?
 僕はどうやって助かった?
 今、僕はどういうわけか病院で寝ている。
 全身の感覚はまだ麻痺していて動かすことさえできない。でも、痛みはある。まだ生きているということなんだ。
 ああ、ああ、あああ、あああああ。
 僕の……両足と右腕が……ない
 ……なくなっている……。

⑨へ続く

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