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虹色銀河伝説 地の章⑩最終回

50 大決戦

 2000年11月1日。
 旧盛岡市中央通り付近、11時18分。
 南向きだった風が急に北向きに変わった。
 硝煙の幕が開かれ、城壁型イ:レギオンの石垣腕と天守閣の頭部がゆっくりと上に動いているのが見える。
 敵の損傷が皆無であることは目に明らかだ。
 ヴェルデ隊の包囲作戦は意味を成さず、むしろ孤立し、各個撃破される危機を招いた。これは新任の隊長の判断ミス、作戦ミスとしかいいようがない。
 ガジャララと重金属が擦れる音が響き始めた。これは城型イ:レギオンの胸部城門が開いている音だ。

「新手だ!Nw80とS8Sは正面に回り込んで挟撃の用意!V9とAs1は引き続き城型の動きを警戒!Md31とFf6は迎撃に備えろ!」

 本隊から帰還命令を受けたメビラス•バルトンに代わり、新たに着任したばかりの隊長(ダイア•ガティ)は声を張って命令を送るが、ヘルメットに内蔵されたスピーカーですら正面のキリキリと唸る開門の音にかき消されていく。
 仲間二人のジェットバイクのブースターが火を噴き、身体を地面すれすれに倒し、急旋回しながら挟み込むように正面に走る。

「自分は何をすればいいですか?」

「……しておけ……えるか、Xb1……てくれ……」

 通信にノイズが混じる。部分的に途切れる。うまく命令を聞き取れない。しかもミーユ※の理解が難しい自分の場合はLシステムによる翻訳時間を挟むから余計に時間がかかる。
(※ミーユの意味は『言語』『理解』)

 耳に意識を向ける。何を言っているのか文脈を掴むんだ。どちらにしろ翻訳は正確ではない。隊長の意図を汲もうとしなければ、取り返しのつかないミスをしてしまう可能性もある。

「何を準備するんですか!?何ですか!?」

「……スタスィオンを準……のうちに……」

 スタシオン? 確かにスタシオンと聞こえた。《ライディングアーマー•スタシオン》の事だ。
 遺伝からか生まれつき運動能力が低い自分は、高速で走るジェットバイクに乗れず、白兵戦も格闘も苦手だった。そんな自分の欠点を補うように与えられたライディングアーマー《スタシオン》は身体の機械化された部分と直接的に接続することができる16メートルの戦闘用大型四肢だ。
 スタシオンは他のライディングアーマーと違って特別な操縦技術はいらない。視覚や聴覚などの感覚もスタシオンのサイズ(16メートル)に拡大調整されるため巨人感覚で動き回れる。スタシオンを使用できることはサイボーグ化したことの最大の利点とも言える。あとは度胸だけだ。自分の最大の弱点は運動能力の低さより臆病にある。
 生来持っているさまざまな弱さ。刺激に弱く、痛みを感じやすい体質。心身共ストレス耐性の低さは定期メディカルチェックでクールキン先生からよく指摘を受けていた。「極めて兵士としての資質に欠ける」と。それを補うのが機械化した身体であり、ライディングアーマー•スタシオンだ。

「隊長、スタシオンは動力供給が充分ではありません。現状では3分持ちません」
 と、会話を聞いていたゼダンが返答する。

「0分で殺されるよりいい」
 今度はハッキリと隊長の声が聞こえた。

 開門した場内から強烈な風が吹き出し、砂塵で視界が覆われた。マズイ、時間がない。

「了解、戦線を離れます!」

 ランド•グライダー※を左旋回させてから《ドリル》※に走らせた。足底でカツンカツンと小石が当たって弾ける音が響く。
 急げ、スタシオンを起動させるんだ!
(※ランド•グライダーはホバー式のスケートボード。ボードがエイのような形をしていることから《ホバー•スティングレイ》とも呼ぶ)
(※《ドリル》は、ヴェルデ隊ら遊撃地球戦隊の基地兼攻撃要塞のこと。ドリルのような外殻を持つ事から《ドリル》と呼ばれる)

「何か出てくるぞ」

 ゼダン隊員の声の後、ブオオオルルルル……と生物とも機械とも分からない音が背後から飛び出してきた。その音は背後から頭上を通り、目の前に落下する。
 自分は慌ててランド•グライダーから飛び降りて地面を転がった。直進したランド•グライダーは飛び出してきた何かによって弾き飛ばされた。

 危機を察して起き上がると、目の前には巨大なベイゴマが回転している。今度はベイゴマ型のイ:レギオンが現れたのだ。黒く堅牢な見た目の巨大なベイゴマの怪獣。それは回転しながらヴェルデ隊を蹴散らすように跳ね回った。

 この状況を打破するには自分がドリルにたどり着く以外ない。ベイゴマ怪獣の跳躍軌道を読んで義足による高速ダッシュだ!走れ!

(走った日は、いつも間に合わなかった。だけど今度は!)

 ベイゴマ怪獣の跳躍軌道を読み違えたか、自分の方へ落ちてくる。70メートル幅の巨体が辺り一面に影を落として降り被る。何より手痛いのは、回転軸によって掘り散らかされる砂だ。
 巻き上げられた砂風に全身を呑み込まれ、遥か宙に投げ出されてしまった。もうなす術もない。

「……退しろ!……撤……だ!……」

 目が覚めると、辺りは静まり返っていた。何も聞こえない。敵の攻撃は終わっていた。
 自分たちは……ヴェルデ隊は虚しくも敗北したのだ。

 八大怪獣のうち七匹を倒し、ようやく行き着いた先に待ち構えていたのは《にせタイタンマン》と怪獣王国のボス、悪の親玉だ。
 その姿は不気味なマントの下にあるが、これまでの言動からは子どものような幼稚さを感じさせる謎の人物だ。それが城型の怪獣を呼び出し、その怪獣の中から他の怪獣も現れてアーク•ザインは壊滅状態。それどころか城内に取り込まれてしまった。
 唯一残っていたヴェルデ隊が最後の決戦を挑んだが、連戦続きで使える武器も少なく、勝手の分からない新任の隊長の指揮の失敗で、戦いに負けてしまった。

「宇宙人か?」

 怪獣王国の親玉は城型怪獣の中から出てくると、倒れている自分の前に歩いて近づいてきた。
 自分は逃げようとしたが、足が両脚とも壊れていては起き上がることもできない。
 無理もない。機械化されていない内蔵を庇えばどうしても四肢を犠牲にするしか術はない。それにヘルメットが無ければ死んでいたかもしれない。

 怪獣王国の王はヘルメットの傷に気づいた。

「かぶりものか?」

 悪の親玉は(自分の)ヘルメットのアンテナを掴むと躊躇なく引き抜いた。
 眩しい太陽光が閉じた目の中にも届く。湿った風を顔いっぱいに感じる。呼吸がラクになった。

「……おい……ウソだろ!?」 

(何を驚く? 自分を知っているのか? 誰だ?)

 自分はまだ動く左側の瞼をゆっくりと開けた。
 すると怪獣王国の王、悪の親玉もマントのフードを脱いだ。

「シュラ!?」

 松野シュラだった。

「大丈夫か、真一」

 シュラは自分が重傷を負っていると分かると、すぐに介抱してくれた。そして動けない自分を、憎き城壁型イ:レギオンの中に運び入れてくれた。
 シュラも驚いていたが、自分にとっても大きな衝撃だった。
 無数のイ:レギオンを生み出し、怪獣王国でイ:レギオンたちを束ね禍々しい玉座に座っていたのが、まさか、あの《松野シュラ》だったとは。

「久しぶりだな、真一。なあんだ、ボクがずっと戦ってたのは真一の仲間たちか。ハイテクマシンすごいな。どこで作ったんだ? アメリカか?」

「なんでシュラが? イ:レギオンの仲間なのか?」

「それよりさ、お前たち、なんでそんな気持ち悪いマスク被ってたんだ? 見た目からてっきり宇宙人かと思ったよ」

「……あ、ああ、気持ち悪いよな、コレ。ちなみにみんな宇宙人だよ。自分以外は」

「ええっ!? 本当か!?」

「驚くなよ。お前だって、なんでイ:レギオンなんかと一緒にいるんだよ?」

「い、れぎおん?」

「怪獣のこと」

「へえ、宇宙人は怪獣を《イレギオン》って呼ぶのか。怪獣の方がカッコいいのにな」

「自分も……僕も、そう思う」

「なあ、この城の怪獣すごいだろ?
こいつはイレギオンなんてダサい名前じゃない。
《城塞怪獣キング•ルーク》、無敵の防御力を誇るボクの自慢の怪獣だ。それと《ベーゴマ怪獣グルンバーン》も強敵だったろ? グルンバーンは死ぬまで回転し続ける破壊の悪魔を想像したんだ」

「……なあシュラ、その怪獣、作ったのか?」

「当たり!ボクの手製!オリジナル怪獣軍団!
ヤバいでしょ? ほら絶対驚くと思った」

「ふざけんなよ!お前が作った怪獣でどれだけ……あ、いや……ごめん。先ずは事情を聞かせてくれよ。シュラにもいろいろあったもんな」

「……話す事が多そうだな、お互いに」

「昔は一緒に怪獣の出現を願った仲だもんな。岩手に怪獣が来ないことが嫌だった。怪獣が来ないとタイタンマンが来てくれないから。……僕たちは馬鹿だったんだ。それがどんなことになるかも分からずに、狭い近所を世界のすべてだと勘違いして世界全部を憎んでいたんだ。何か壁にぶつかるたびにその壁を憎んで怒って暴れて、本当に守りたいものを失ってさ。シュラ、お前との友情もその一つだよ」

「友情なんて言葉よせよ。そんな柄じゃなかったよ、ボクたちは。ボクはお前が憎かった。だけどもう二年も孤独だと誰かに話を聞いてほしくなってさ……正直言えば真一、ボクはお前に一番話を聞いてほしかったんだ。お前にたくさん自慢したかった。すげえな、ってボクのこと認めてほしかった。ボクの描いた絵を褒めてくれたみたいに」

「シュラ、僕たちには夢があったんだよな。逃げ出したい現実も。あの頃の僕たちには、空想の中にしか居場所がなかったんだ。
 テレビの向こうには怪獣がいて、タイタンマンがいて、悪者を許さない正義の味方がいた。
 あの頃の僕の夢は、いつかタイタンマンになることだった」

「ボクの夢は今でも最強の怪獣を作ることだよ」

 それから僕たちは自分たちの経験、見てきたもの聞いた事、考えたこと感じたこと、自慢したいことなど、たくさん話り合った。まるで昔、友達だった頃みたいに。

「ああ、今思えば変な老人だったよ。ボクに怪獣の種をくれた奴。多分そいつがお前たちの言う《イレギュラー》だろう。あれは地球人じゃないね。いや、人間でないと言ってもいい。多分というか絶対。不思議な老人だったよ。幽霊みたいにスゥーっと現れて消えていったんだ。
 で、そのおかしな老人からボクが最初に貰った怪獣の種は7つ。甲殻怪獣ザリザが記念すべき一匹目さ。オレはザリザで笠良木団地の奴らを懲らしめてやった。ヒリコは生きてるみたいだが。
 その後は4年間親父に隔離され、残り6つの怪獣の種の使い道をずっと考えていた。皮肉だよな親父も。怪獣から守るためにボクを隔離したのにそのボクが怪獣を生み出す元凶だったんだからな。ボクは親父を憎んでいた。親父はそんなボクを守ろうとした。隔離という気に入らないやり方でな。だからボクに憎まれたんだ。頭がいい割に何も知らなかったんだ。愛なんて愛し方を間違えば憎悪を招くだけなのに。
 とにかくボクはその四年間ずっと最強怪獣を考え続けて思いついた残り6匹の怪獣。
 先ずはSDFにもアメリカ軍にも負けないボクの絶対安全領域を築く必要があった。それが知っての通り、この1匹目の怪獣。鉄壁の城に等しい《城塞怪獣キング•ルーク》。
 次にボクは残り5匹という制限を崩したかった。そこで無限に怪獣を生み出すことができる怪獣を考えた。この城内の守られた場所に出現させた《製造怪獣マザークイーン》。
 これであと5匹という限度は越えた。
 北海道に送った《扇風怪獣バリケーン》や《九州地方を襲わせた《火炎鳥獣ファイバードン》や《ベーゴマ怪獣グルンバーン》はマザークイーンが生み出した怪獣だよ。強度はオリジナルに落ちるけど、工夫次第でなんにでも勝てる。
 ただし、やはり種子から誕生させた怪獣はボクのイメージの再現度が高くていい。
 残り種の4匹はとっておきの四天王怪獣。
 全部紹介しようか?」

「いや、いい。思い出すだけでも腹が立つ怪獣どもだ。それと、あの《にせタイタンマン》にも」

「そうそう!あれ《にせタイタンマン》なんだよ!よく気づいてくれた!ああやっぱり真一は分かってくれてたんだな。世間じゃ誰もそんなこと気づかずにあれを《岩石巨人ダイガンテ》なんて報道したんだぜ? あれはどう見ても《にせタイタンマン》だよな? ちゃんと呼んでくれたのは真一だけだよ。さすがだなあ」

「僕はそいつに手足を潰された。それだけじゃない。中学校も友達もみんなあの偽物クソヤロウにやられたんだ。いつか絶対に倒す」

 シュラはしてやったと言わんばかりに高笑いをあげた。心底可笑しそうに笑っているから無性に腹が立った。

「あれのコントロールは難しかったんだ。動きが早くてさ、笛の司令が届く前に次の行動に移っているもんだから。気づいたら真一が死にかけていて焦ったよ。お前に死なれたら絶望させる相手がいなくなってしまう。そうなったら絶望するのはボクだからね。」

「おかけでこうして、サイボーグの身体を手に入れることができた。壊れてなければお前なんて瞬殺だった」

「はははは、それは残念だったな。ボクの怪獣の方が一枚上手だったってこと。まあ当たり前だ、ボクはずっとその事だけを考えてきたんだから。ボクの頭の中は怪獣のこと、それと、お前たちをどうやって苦しめるか、そればかりだった」

「僕はシュラの不幸を願ったことなんてない。いつから恨んでるんだ?」

「いつ? うーん……忘れた。でもまあ、お前のズルさとか、卑怯さとか、全体的にクズなところとか、見ててイラついていたんだ、ずっとな。そのくせ他人の人生に無断で干渉してきて、飽きたら無責任に放り出す。そういうのが許せなかった」

「つーか多分それ病気だよな? でなきゃお前、ヒリコ達と一緒だよ」

「よせよ真一、まだそんな昔のことにこだわっているのか? 今となってはヒリコなんて非力な一般人の一人に過ぎない。それよりまだ抵抗しているSDFや他人事のように見ているだけの外国を叩き潰すんだ」

「おいシュラ、世界になんの恨みがあるんだよ?」

「世界ってのはボクの生まれ持ったものすべてのことを指す。その世界がどんな世界か? 
今更説明する必要もないだろう。持たざる者には何もない、ただ辛く苦しいだけの世界。生まれつき持ったもので人生すべてが決まる世界。
 分かりやすく例えてやるよ、真一。
 お前、服を持っていなかったら、どうする?」

「買いに行く」

「店までは何を着て行く?」

「……」

「そういうことだ。服を買いに行く時に着て行く服がない。金を稼ぐにも金が必要で、才能は遺伝子次第、努力するにも努力が必要だが、その努力ができるかどうかもあらかじめ遺伝子で決められているとしたら?
 弱く生まれた者、才能低く生まれた者にとって、この世界は真っ当に生きて行くには不利すぎる。地獄のような世界だ。
 ボクに障害者なんて名前をつける者もいるが、ボクにとって真の障害はこの社会そのものだ。
だからボクは全部ぶっ壊す。そして、世界最大の悪になったあとは、最良の王になってこの世界を支配する。それが今のボクの夢だ」

「一着もないのか?」

「ん? え、服? あ、まあ、例え話だよ」

「一着もない場合にどうするか、って?」

「方法ないだろ?」

「誰かに買ってきてもらうよ。僕なら」

「……どうやって?」

「電話で。電話がなければ手紙で、それもできなきゃ紙飛行機作ってメッセージを飛ばす。家の前に貼り紙を貼って伝える。他にもいろいろ方法はあるじゃないか」
(※物語の舞台は2000年なのでインターネットがまだ一般家庭には普及していない頃)

「友達がいるとも限らんよ」

「今から友達を作る」

「手遅れだね」

「友達でなくても助けてくれる人を探すよ」

「だとしても、服を買うお金がない場合は?」

「タダでくれる人を見つけて譲って貰う。または家の中だけでもできる仕事を探すよ。借りることもできる。問題はお金や服がないことより、服を手に入れる手段を考えないことだ。だから一人で解決できないことは誰かに助けてもらう」

「その《考える頭》も、助けを求める口も手もない場合は?」

「そんな人が隣にいたとしたら? シュラはどうする?」

「気づかないかもな」

「そう言いつつシュラは手足を失って動けなかった僕をここまで運んで助けてくれただろ。死にそうだった僕を」

「それは、お前だったからだ」

「どんなことがあるかなんて先のことは分からない。だから僕は最後まで諦めない。誰かと助け合いながら生きていくんだ」

「つまらない夢だ。確実性が無さすぎる」

「シュラだって夢を叶えたじゃないか。最強の怪獣を作った。すごいよ」

「……そっちはどうなんだ? タイタンマンになりたかったんだろ? その壊れたサイボーグの身体か?」

「もうすぐなんだ。ベーゴマ怪獣にやられなければ……あのまま基地にたどり着いていれば、僕は《スタシオン》で戦えた。
 《スタシオン》は大きくて強い戦闘用の新しい身体。まだ実戦に使ったことはないけど、基地ではずっと訓練してきたんだ。
 あれさえあれば……あれなら僕はタイタンマンの様に怪獣を倒すことができる」

「……そうか。それは邪魔して悪かったな」

「お互い夢のために頑張ってきたんだな。
 だけどシュラ、お前は他人の夢を壊し過ぎた。それは許されない」

「この世界に許されないことなんてありやしない。
ただお前が……真一がボクのやり方を許したくないだけだろ?」

「そうかもな。僕は他人の夢や人生を壊すものが許せない。スペースユニオンも、アポロ条約に合意した権力者たちも、怪獣も、シュラも……」

「それな真一、結局はボクと同じじゃないか。
全部壊す気でいる」

「違う!お前とは違う!僕は……」

「はいはい分かった分かった。それよりさ真一、ボクも真一が夢を叶えるところを見たくなった」

「はあ?」

「先ずボクは真一を仲間の基地まで送り返す。そしたらお前はそこで治療を受けて万全な準備をしてそのタイタンマンみたいなやつになってくる。そしたらボクの作った最強怪獣と一対一の決闘する、ってのはどうだ? そうすれば、真一の夢とボクの夢、どちらも叶うだろ? ボクを殺すならその時にやってくれ」

「マジで協力してくれるのか?」

「当たり前じゃん。友達だろ?」

「……ありがとう、シュラ」

「ただし、決闘は本気の戦いだ。もう手加減しない。怪獣はお前をマジで殺しにかかるからな」

「望むところよ。そこで勝てなきゃ僕はタイタンマンじゃない」

「頑張れよ、真一。自分をもっと信じろ!」

 それからシュラは言葉の通り、自分を《ドリル》まで送り届けてくれた。
 ヴェルデ隊は全員無事に帰還していた。
 そして自分の生存を喜ぶよりも疑った。
 敵の罠かもしれない、と。
 事の経緯は説明してもきっと通じない。
 だから自分は決闘の経緯に関しては少し嘘をついて、敵(シュラ)の情報を伝えた。今に思えば四天王怪獣の事もきっちり全部聞いておけばよかった。あの時はシュラの自慢話をあまり聞きたくなかったのが本音だ。
 ただ、シュラが同時に夢を叶えるということはシュラも最強怪獣で挑んでくるはずだ。キング•ルールやグルンバーンより強い怪獣に違いない。にせタイタンマンかそれ以上の強敵だ。

 それから僕はダイア•ガティ隊長に、ヴェルデ隊だけでは勝てないことを訴え、抵抗勢力と協力することを続けて提案した。

「xb1、君に協力者のあてがあるのかね?」

「と、聞いてるよ」
 ゾフは翻訳してくれたが、最近はゾフの翻訳なしでもだいたいのことは分かるようになってきていた。

「ある、と伝えて? それと、もう一つアイデアがあるんだけど、聞いてくれる?」

「なんだい?」
 ゾフは相変わらず軽快な口調で返事をした。

「全身をサイボーグにしたい。今の自分の身体は失った左腕と両脚だけ。全身をサイボーグ化すれば自分はもっとスタシオンと一体化できる。もう誰の足も引っ張らなくてすむ」

「確かに、そうすることで君は強くなれるけど、代わりに失うものは大きいよ? 失くしてから気づくこともあるし、それに気づいても元には戻れない。それでもやる?」

「うん。覚悟を決めたんだ……友達が、夢を応援してくれている。その期待に応えたい」

 ゾフがうまく翻訳してくれたおかげで、自分は完全な機械の身体を手に入れた。
 それから協力者を求めて日本中の抵抗勢力に声をかけて回った。
 目星はあった。先ずはSDF鉄腕部隊。
 ガンボットの修復状況にも期待した。
 シュラはどこまで待ってくれる?
 分からないが最善を尽くすしかない。

 2000年11月25日。
 壊滅寸前の日本に残存する希少な抵抗勢力、その中に鉄腕部隊があった。ガンボットの運用による作戦を中心に展開されてきた部隊だけあって部隊員たちの生存確率が最も高く、組織としても統制が十分とれていて、今も機能している。
 ベース086とは『壱岐島基地』のこと。
 そこでSDF鉄腕部隊の八咫薙隊長以下7名の精鋭隊員たちがオーストラリアで修復された『ガンボット』を補強整備しながら反撃の機会を狙っているという。
 悔しいことに、これらSDFの極秘と思われる情報もスペースユニオンはすべて把握している。
 ヴェルデ隊の交渉役として自分とゾフが遣わされた。宇宙回線を経由してSDF本部に短く通信した後、鉄腕部隊と接触するため《ドリル》こと移動基地アークザインを壱岐島沖で浮上させた。
 二人乗り用のランド•グライダーに乗って壱岐島に近づくと、一見単なる岩山にしか見えない岩壁から誘導信号の点滅が見えた。さらに近づくと岩の一部がスライドして中に滑走路が見えてくる。
 目の前に『ガンボット』が現れた時は思わず叫びそうになるほど大きく重量感があった。
(すごい!SDFの基地!ワタルが憧れるわけだ)

「はじめまして、スペースユニオン遊撃地球戦隊の皆様。私は日本特別防衛軍機動戦術科第一部隊の八咫薙です。本部からは怪獣撃滅作戦に協力してくださると聞いております。ありがたい限りです」

「はじめまして。自分はスペースユニオン遊撃地球戦隊ヴェルデ隊、xb1ジャクト・ノームです」

 自分の自己紹介のあと、ゾフも日本語で自己紹介した。ただし、自分に話したような今日に至るまでの歴史的経緯は語られなかった。それどころか、まるで宇宙から来た救世主のように語るものだから、鉄腕部隊の隊員達は皆嬉々として自分たちの作戦を受け入れてくれた。
 モヤっとイヤな感じが胸にこびりつく。だからあとでこっそりバラしてやろうと思った。直接話せば殺されるから、なんらかの方法で。確実に伝えてやる。
 すべての原因はアポロ条約にあるからだ。

 八咫薙智子(ヤタナギ トモコ)隊長は共同作戦に参加する隊員を紹介してくれた。
「本作戦に協力する我が隊のメンバーを紹介する、
兼田哲子(カネダ テツコ)隊員、
盾守聖矢(タテガミ セイヤ)隊員、
阿名田雄哉(アナタ ユウヤ)隊員、
美方正一(ミカタ マサイチ)隊員、
篠部孝康(シノベ タカヤス)隊員、
 それから補佐として……」

 ブリーフィングルームの扉が開き、その先から入ってきた懐かしい顔……。

「日々木亘(ヒビキ ワタル)隊員」

 え? ワタル? 日々木ワタル? 生きてた? ここにいる? 自分もここにいる? あれ、ここはどこ? SDFのベース086……
どうしてここに? 補佐? SDF鉄腕部隊の補佐って、日々木ワタル? これは現実? 夢?

 言葉にならない不思議な感覚が自分を金縛りにした。意識が自分の身体を飛び抜けて、あの頃に戻っていくような不思議な感覚。空気みたいにいつもそばにいて、馬鹿みたいにいいヤツで、いつも敵わなくて、憎いとさえ思っていた親友。

「こ、これは!? ……おい、おいおいおい!これだけは許せないぞ!宇宙人め!」

「え?」

 ワタルはさらに思いがけない行動に出た。急につかみかかってきたのだ。今のワタルの行動すべてが夢のように感じる。これは幻覚なのか?

「おい宇宙人!その身体から離れろ!これは……この身体は!」

 ワタルが自分に何か怒鳴っている。本気で怒った目をしている。一体今何が起こってる? 状況の判断が追いつかない。嬉しすぎて感情の波に呑まれたまま頭が回らない。自分には自分の立場があるのに、全部ぶっ飛びそうだ。

「やめないか日々木隊員!」
 八咫薙隊長は銃をワタルに向ける。いくら非常事態とはいえ仲間に銃を向けるなんて非情すぎる隊長だ。黒髪の、目が冷たい隊長。

「どうしたんだ!? また幻覚攻撃か!?」
 慌てふためく阿名田隊員の両脇から美方隊員と篠部隊員が飛び出し、ワタルを抑えた。
「落ち着け、日々木!」
 美方隊員がワタルの耳元で叫んだ。
 ワタルは自分を睨んで、
「こいつが俺の友達の身体をのっとってるからだ!味方の宇宙人だからって何してもいいわけじゃない!」
 と怒鳴った。
「身体を乗っ取る? それは本当か!?」
 阿名田隊員は引き腰で自分を凝視した。

「はい!こいつ、コイツは俺の親友の身体なんです!」
 自分はハッとした。ワタルは自分を、宇宙人のはずの自分の見た目が、木田シンイチだから……。

「僕だよ、木田真一だよ!ワタル!」

 辺りは鎮まりかえった。さっき宇宙からの使者として現れた男が突然、普通の日本人の名前で自己紹介をするものだから、驚くのも無理はない。
 ゾフが僕を睨みつけたけど、この状況で僕を死なせることは今のヴェルデ隊には不都合なはずだ。ワタルを騙したくない。

「嘘をつくな宇宙人!俺は見たんだ。あの日、怪獣ダイガンテが俺たちの中学を襲った時、シンイチは怪獣に掴まれて殺された。それをUFOみたいなのがやってきてシンイチを連れて行ったんだ。だから俺はずっと思っていた、一連の怪獣事件は全部宇宙人の仕業だと」

「口を慎め、日々木」
 隊長の指は引き金に触れる。

「ワタル、ミホは無事か? みんなは? あれからどうなったんだ?」

「騙されないぞ宇宙人!」
 そう言ったワタルの隣で阿名田は銃を引き抜き、ワタルに賛同した。
「そうだ、こいつさっきは《ジャクト•ノーム》って名乗ったんだ。どちらにせよ嘘をついてる」

「今はヴェルデ隊のxb1ジャクト•ノームだけど、身体もサイボーグだけど、僕は木田真一だ。
一度死んだのか生きてたのかも分からないけど、僕には木田真一の意識と記憶がある。だから今、ワタルに会えて嬉しいんだ。あとでちゃんと話すよ、なんで僕がジャクト•ノームになったのか」

 八咫薙隊長は銃を下ろしゾフの目を見た。第三者から真意を探ろうとしているようだ。

「ワタルなら分かるはずだ、僕が木田真一だって。身体は機械化したし、いろんな経験をしたから、あの頃のままってわけではないけど」

「ジャクト、いい加減にしろ。何も話すな、本部から消されるぞ」
 ゾフは僕を目と言葉で威嚇した。
「違うよゾフ。今度の作戦はこの人たち抜きでは行えない。作戦が成功するかしないかは自分たち……僕たちがこの人たちに信用されるかどうかにかかっている。このまま騙し続けたくない。
 あまり地球人を舐めるなよ」

「分かっていないのは君だよ。ぼくは君のために言っているんだ。君を死なせたくないから」

「友達を騙すくらいなら殺されたっていい。どうせ僕はもう何度も死んでるはずなんだ。そして今度の作戦は僕がいなきゃ成功しない」

「失言が過ぎるよ」

「ごめんゾフ。ワタルは本当に友達なんだ」

 僕はゾフよりもワタルを見た。何度も嫉妬した一番の親友。自分を殴る敵を笑わせてやろうとする心優しい真のヒーローを。

「シンイチ、本当に、シンイチ、なのか?」

 ワタルが僕から手を離した。そして、僕の目を見て本物だと確信してくれた。

「失礼しました。隊長」

「日々木、本来なら貴様はここで独房行きだ。懲役は免れない。しかし今は人手が足りない。以後同じ失敗はしないと誓え」

「はい!」
 ワタルは、いや、SDF鉄腕部隊の日々木隊員は後ろに下がって敬礼した。

「以上6名だ。残り3名は輸送、補給支援に回ってもらう」
 八咫薙隊長もゾフの方に振り返って敬礼した。

 今回の作戦は僕とシュラの決闘であることが前提としてある。もちろん僕がシュラの作った最強怪獣に勝つことが重要だが、その後の作戦も立てなければ怪獣軍団を撃破できない。
 僕の提案した作戦の最も肝の部分は、一番厄介な城塞怪獣キング•ルークをヴェルデ隊の移動要塞《ドリル》ことアークザインで打ち崩すこと。
 以前移動要塞の説明を受けた時に、ドリルを切り札として使えるとメビラス隊長とゾフは話していた。今はその切り札を使う時だ。その後、アークザインからガンボットを城内に射出して中にいる製造怪獣マザークイーンにぶつける。その気に乗じてヴェルデ隊も城内に突入して囚われている他の隊を救出し、内部から破壊する。
 しかし、この作戦には最大の不安要素がある。それは《にせタイタンマン》と《ベーゴマ怪獣》が外にいることだ。僕たちが確実にキング•ルークに仕掛けるには、もう一つデカいのを門番にぶつける必要がある。
 だから最後の助っ人が必要なんだ。

 2000年12月6日、オーストラリアNSW州
 避難施設『カンガルー•ベイ』
 僕は《最後の助っ人》を求め、オーストラリアに訪れた。
 逃げ場を失った多くの日本人たちが集団疎開として海外に逃れている。その中の避難者リストから見つけた名前。同姓同名なら作戦は成立しない。だからこれは賭けだ。

「はい、しばらくお待ちください」

 日本人の案内人が施設の人と話して彼を呼んできてくれた。

「鉄河ユウキさん、お知り合いの方ですよ」

 施設職員に手を引かれ、僕の前に現れた少年。
あの頃より身長が伸びて、すっかり逞しい顔つきになっていた。よかった、名簿に書かれてあった名前は、僕の知る鉄河ユウキくんだった。

「いえ、知りません。ぼくの知らない人です」
 ユウキ君は恐れながら僕を見た。

「えっ、知らないの? 本当に?」
 驚く案内人。無理もない。

「ユウキ君、僕たちを助けてほしい。頼む、僕の話を聞いてくれ」

 ユウキ君は怖がって施設の中に帰って行ってしまった。僕の印象は最悪。職員も案内人も僕を警戒してユウキ君に近づけようとはしなかった。
 困った。彼がいないと作戦は成立しない。
 彼は僕の、地球の最後の希望。鉄河アテルから引き継がれたタイタンマンなんだ。
 どうすればいい?
 どうすれば助けてもらえる?
 これでは服を買いに行くための服がない人だ。お金を稼ぐためのお金がない人だ。
 シュラの言葉に頭を叩かれた気がした。
 そうだ、僕はあの時シュラに答えた。服を買いに行く服がなければ、誰かに買ってきてもらう。なんとか工夫する。問題は服がないことじゃないって。
 紙飛行機に書いて飛ばすか? 読んでくれないだろ。それにユウキ君がタイタンマンってことが周囲に知られても困る。アテル君との約束もあるし、危険な戦いに巻き込むなんて話たらそれこそ誰もユウキ君を送り出してくれない。
 どうする? 
 どうする? 

「他人に頼ろうとするからだろうが」

 え?

 振り向くと、そこにはアテル君がいた。

「アテル君? どうしてここに?」

「ずっとユウキを見守っていたんだ。お前みたいなやつがユウキを危険に晒さないように」

「ごめん、でもアテル君。今タイタンマンの力が必要なんだ。みんなで一丸となって戦う時が来たんだよ。僕はずっと思っていた。いつかユウキ君がタイタンマンとして覚醒して、また地球を救ってくれるって。ずっとずっとそれを願っていた」

 施設から数キロ離れた国立公園の、ボルダリングエリア、その裏側にあるメタセコイア並木に、アテル君は立っている。そして僕を厳しい目で見ている。

「シンイチ君、またユウキを危険な目に遭わせるのか? もうユウキを巻き込むなよ。他人任せにするなよ。君たちの問題だろ?」

「だけど、アテル君、僕一人じゃ無理だよ」

「じゃあ諦めろ。他人を巻き込むな。それも危険な作戦なんて。ユウキはまだ10歳だぞ?」

「だったらアテル君、どうして僕をタイタンマンに選ばなかったんだ? 僕の夢はタイタンマンになること。あのとき君が僕をタイタンマンにしてくれていれば、守れたものがたくさんあるのに!
ユウキ君をタイタンマンに選んだのはアテル君じゃないか!
僕を選んでいれば、
僕の夢は叶っていたのに、
世界も救われていたのに、
全部アテル君のせいだ!」

「こんな人間に、誰がタイタンマンを託す気持ちになる? こんな頼りない他力本願野郎に、誰が誇り高きタイタンマンの力を択せるんだ!?
 工夫するのは素晴らしい。でもそれは他人あってのことじゃない。シンイチ君はシンイチ君の力で夢を叶えろ!」

「ファンタジー言ってんじゃないよ!足がない人に歩けって言えるのか?」
 ちくしょう、いつの間にか僕があの時のシュラの立場だ。結局僕はシュラと同じ。自信がなくて環境や状況のせいにしている。

「シンイチ君、叶わない夢もある。望みが全部叶うわけじゃない。うまくやったつもりでも全然うまくいかないことだってある。優しくしても優しくされなかったり、愛しても愛されなかったり、孤独だったり、非力無力だったり、嫌いなやつが人気だったり、真実を語っても嘘だと言われたり、本当の気持ちを誰にも理解してもらえなかったり、叫んでも聞こえなかったり、伝えたい言葉がまったく逆の意味として伝わったり、正しいことをしているのに悪だと裁かれたり、数えきれないほどの理不尽があって、世界は思い通りにならない。自分以外の人間はうまくいっているように見えるし、なんで自分だけ? と自暴自棄になって負のスパイラルに陥ることだってある。
 結果は残酷だ。たまたまうまくいくこともあるが総じてうまくいかないことの方が多い。
 ただ忘れるな、それはタイタンマンだって同じだってことを!
 恐竜怪獣ダイナスに父さんは殺された。
 そんなはずじゃなかったはずだ。父さんは勝つつもりで変身したんだ。それでも負けた。負けたら命も助からなかった。全部そんなはずじゃなかった。だけど、ぼくは父を誇りに思う。今でも。
 怪獣と戦うことだけが、タイタンマンだと思うのか? 
 シンイチ君は、弱い自分自身とずっと戦ってきたんじゃないのか? そんな自分から逃げずに葛藤し続けてきたんじゃないのか?
 誰に理解してもらえるわけじゃない。勝っても他人が褒めてくれるものじゃない。だけどシンイチ君はシンイチ君であり続けた。
 強くてカッコいいタイタンマンを目指してきた。それこそがシンイチ君なんじゃないか?」

「……分かったよ。死に方だって選べないってことなんだね。結果も現実も、すべてをコントロールしきれないってことだよね。だから僕は最大限、僕であり続けるしかない。
 やってみるよ。どうせ明日の風がどこにふくかなんて分からない。無理なものは無理だけど、何に命を燃やすのか、それくらい自分で決める!」

 シュラが言いたいこともそういうことだったのか? だからシュラは僕の「夢を叶えるところが見たい」って言ったんだ。
 僕はタイタンマンにはなれない。だけどタイタンマンになろうとし続けることは決してやめない。
 あの時テレビでタイタンマンを見ていたのは僕だけじゃない。他にも多くの人たちが見ていた。だけど誰もがタイタンマンに憧れていたわけじゃない。困っている人たちのために命をかけて平和と正義を守るタイタンマン、それをカッコイイと感じたのは、そのようなタイタンマンみたいになりたいと願ったのは他でもない僕だったからだ。

「シンイチ君、虹色銀河伝説を覚えている?」

「ん? ああ、確かアテル君が前に言ってた……」

「この宇宙はね、一つじゃないんだ。可能性の数だけ宇宙が存在している。別の宇宙では今とは違う結果が現実となっているんだよ。思い描いた理想が現実となっている宇宙だってあるんだ。
 この宇宙には銀河系が幾つもあるけど、その中に別の宇宙と通じている銀河があってね、それが虹色銀河。伝説の銀河と呼ばれているけどきっとある。そうとしか思えないんだ。
 ボクはその虹色銀河に行ってみたい。そして、この世界の現実とは違った結果を持つ宇宙、誰もが幸せに暮らしている宇宙に行ってみたい。
 ファンタジー語ってると思われるだろうけど、ボクは目の前の厳しい現実を事実として受け入れる代わりに、別の可能性もどこかの宇宙の現実として存在していると信じたいんだ」

「探しに行こうよアテル君。今度の作戦が終わったら。無事に作戦が成功したら。一緒に行こう。
じゃあ行ってくるね、僕、タイタンマンになってくるよ」

「夢を叶える時が来たんだね。ようやく君を好きになれる。嬉しいよ、シンイチ君。
いってらっしゃい。
ボクはここで待ってるよ。
いつまでも、いつまでも……」

行ってきます
さようなら
必ずまた会おうね


 今見えている現実とは違う結果を持つ世界が、空の向こうにあるとしたら?

 あれから僕は、願いが叶わなかったとき、辛いとき、空を見上げている。
 別の宇宙では願いが叶っている。僕たちが幸せに暮らしている世界もどこかにあるんだ、って。
 でも逆に、誰かの叶わなかった夢がこの世界では叶っているのかもしれない。そう思うとワクワクする。今僕がここにいることだって、誰かが夢見たことの一つかもしれない。
 25年前、アテル君が教えてくれなければ見上げてもつまらないただの空だった。でも今の僕にはこの空が虹色に見える。無限の可能性を感じる。

 今にして思えば、僕の生きてきた人生は奇跡の連続だった。不思議なくらい運が良かったんだ。
 アテル君、今君はどこにいるんだい?
 僕をいつまでも待っててくれると言ってくれた君は、どこにいるんだい?
 別の宇宙では無事再会できたのかな?
 もう怪獣もスペースユニオンもタイタンマンもいないけど、僕の記憶の中にはまだ、あの日の一つ一つが鮮やかな姿で生き続けているよ。
 そして何度も後悔に苦しんでは空を見上げてきた。今日みたいに。痛くて痛くて忘れられない。

 2025年1月1日。0時7分。
 東京都練馬区……公園にて。

 虹色銀河は7つの銀河が重なった部分に生じる別宇宙への入り口。
 この宇宙のどこかに虹色銀河が輝いていて、その向こうには幾つもの宇宙が存在する。そしてその中のどこか一つに僕たちが願った世界がある。
 さあ、夜が明ける前に出発だ、
 行こう、虹色銀河へ
 

虹色銀河伝説 地の章


これまでこの作品を応援してくださった皆様、心より感謝申し上げます。
《月原深夜子》


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