虹色銀河伝説 地の章④
24 被害者
アテル君が星に帰って数日が経った。
暴動を起こし、アテル君の家と家族の命を奪った笠良木団地の住民たちはその日のうちに一斉に警察に逮捕され、そして一斉に釈放された。理由は、
『今回の暴動事件は、急な怪獣の出現によって加害者側の精神に著しい混乱と疾患が引き起こされたことで起こった怪獣災害の一つであり、加害者側に責任がないと判断されたから』
と、学校では説明された。
『悪いのは怪獣だからね。だから今回の事件に加わった人達を責めたり、傷つけるような事を言ってはいけないよ』
学校の先生たちは僕たちに何度もそう言った。
ヒリコちゃん曰く「私たちも怪獣災害の被害者だ」とのこと。でもお父さんは「国の財政的な理由だろう」と話していた。
心底嫌になる。
僕はユウキ君の保護に立ち会った証人として、警察の人から警察署でいろいろ質問を受けた。
タイタンマンの力を得て蘇生した鉄河ユウキ君は警察に保護されたあと、盛岡市の病院で検査入院している。
警察はどうしてユウキ君だけが暴徒達の火から逃れることができたのか調査しているみたいだし、医療関係の人たちは、これまでユウキ君を苦しめていた難病が嘘のように治り、外に出ても平気になった理由についてしっかり検査したいとのことらしい。
僕はアテル君と約束した通り、ユウキ君がタイタンマンだということは少しも話さなかった。そしてその他のことも何も言えなかった。僕はユウキ君についてほとんど何も知らないのだから。
ユウキ君は記憶の殆どを失っていた。
両親がいなくなっていることに戸惑っていたが警察署で真実は語られなかった。僕からも教えるわけにはいかなかった。知らない方がいい。岩手に引っ越したこともあまり記憶にないみたいで、はじめのうちは東京の地名ばかり口にしていた。
そして、自分に託された《タイタンハート》をどうしていいか分からず、お守りのように布で包み、リュックのチャックのついた内ポケットにしまいこんだ。
ユウキ君はまだ6歳だ。これから、僕にできることはなんだってしてあげるつもりだ。だけど、何をしたってアテル君もユウキ君の家族も帰ってこない。僕たちが未だこの団地でのうのうと生活していること自体許せない。
僕は自分の弱さとヒリコちゃんたちが憎くてたまらなかった。
気がつけば、僕は笑わなくなっていた。鏡を見ても仏頂面が目の前に立っているだけ。鏡の中の僕は、壊したいくらいムカつく表情をしていた。
25 対怪獣チーム出動
アテル君は実のお父さんであるタイタンマンの仇、恐竜怪獣ダイナスを倒さずに星に帰った。そして野放しとなった恐竜怪獣は自衛隊の特殊攻撃部隊を蹴散らし、関西地方で暴れ回っていた。
みんな新しいタイタンマンの登場を期待しているけど残念ながらタイタンマンは来ない。今のタイタンマンはまだ6歳のユウキくんだ。
お父さんの言っていたとおり、いつかは東北にも恐竜怪獣が来る。そのうち日本中が壊されるに違いない。
アテル君とアテル君の一家を追い詰めた罰だ。僕も、この団地の人たちもみんな……。
九月の朝。両親の歓喜する声で目が覚めた。
いつにない盛り上がり方だ。我が家でこんなに喜ぶことといえば……恐竜怪獣が倒されたのか?
もしかして、タイタンマンが!?
タイタンマンの登場を期待しながらテレビを覗きに行くと、やっぱり恐竜怪獣をやっつけたというニュースだった。だけど、怪獣を倒したのはタイタンマンではなかった。
怪獣を倒したのは前からニュースで設立を報じられていた怪獣専門の防衛チーム【特別防衛戦隊(表記:SDF、通称:特防戦隊)】だった。
「やっとって感じね。でもまあもっと早く出てくるべきよね。最初の怪獣が出てからもう10年は経ってるのよ?」
お母さんはホッとしながらも特防戦隊がこれまで出てこなかったことへの不満をこぼした。
「兵器開発よりも法整備に時間がかかったんだろ。戦隊の開発部と直営工場は移動式地下シェルターにあるって噂も聞いたことあるし、資材は国連のシークレットロードで確保されてるから戦略に支障はないって、御雷(ミカヅチ)防衛大臣が言ってるくらいだからね」
お父さんはいつものように新聞紙を開きながら本当かも分からない情報の解説を始めた。それを聞くと僕もお母さんもウンザリした顔になる。
九月一日。
神戸を襲った恐竜怪獣を倒すために特防戦隊が初めて出動した。特防戦隊は自衛隊とは全く違う武器と戦い方で怪獣を追い詰めた。
中でも目を引いたのはタイタンマンと同じくらいの大きさのロボットの登場だ。
特防戦隊の秘密兵器【ガンボッド】は突進する恐竜怪獣の開いた口を2本のアームで抑えつけたまま肩のミサイルを怪獣の口の中に撃ち込んだ。もともと火を噴き散らす怪獣だった恐竜怪獣は大爆発。ガンボッドも爆発に巻き込まれてみんなは心配したけど、無傷のガンボッドが爆煙の中から姿を見せた時にはみんな大喜び。
まるで映画のような活躍にテレビでも近所でも大盛り上がり。何度も繰り返し放映された。学校でもその話題でもちきりだった。
26 怪獣よ、来い
ヒリコちゃんたちの防衛隊は相変わらず松野シュラ君に嫌がらせを繰り返していた。
松野シュラ君が毎日ノートに怪獣の絵を描いていることが原因だということは変わらない。逆にそれ以外特に理由なんてない。
僕はいいかげんくだらなくなってヒリコちゃんたちの目を気にすることをやめた。
休み時間、僕がシュラ君の絵をほめたら、その日の給食時間、ヒリコちゃんたちに囲まれた。
「あのさ、なんであの怪獣オタクに話しかけてんの? みんなで無視するって決めたでしょ? みんなで決めたルール破んの?」
もうたくさんだ。
僕の中で何かが壊れた。いや、もうとっくに壊れていた。アテル君の家が燃やされるのを見て、ユウキ君を抱えて涙を流すアテル君を見て、僕の心はすっかり壊れてしまっていた。
僕は牛乳瓶ケースの中から一本抜き取るとヒリコの目の前で瓶を床に叩きつけてやった。
勢いよく瓶が割れ、ガラスの破片が飛び散った。教室中が騒然となる中、僕は割れた瓶の先をヒリコに向けた。
「黙れヒリコ。何が『防衛隊』だ、正義ぶるな。ヒリコ、お前は怪獣だよ。悪者怪獣ヒリコ!」
ヒリコにはこれくらいしたって足りないほど恨みがある。もう頭にきてしょうがないんだ。
ダイチたちはすぐに先生を呼んできた。
僕の行動は大問題だと学校中から非難された。
校長室に呼ばれ、両親にも連絡された。
でも、僕は一言も謝らなかった。どんなに両親に叱られても、どんな罰を受けても、僕は謝らなかった。
僕の両親は怒鳴り込んできたヒリコの両親に何度も頭を下げていたけど、僕はとうとう謝らなかった。毎日謝罪の電話をさせられていた両親を恥ずかしく感じた。そのたびに両親から何度もぶたれ、押入れに閉じ込められた。
お父さんもお母さんも何故この怒りを僕じゃなく、ヒリコの親にぶつけないのか?
それ以来、僕は疎開組と仲良くなり、特に松野シュラとは親友と呼び合うほどになっていた。
学校に来ればダイチたち防衛隊グループに追い回され捕まっては何度もリンチされた。僕たちは涙を浮かべてジッと堪えた。そんな日が続いた。
仲良くなってみるとシュラはよく笑う子だった。だけど時々真剣な顔になり、怪獣の絵を眺めては「早く怪獣来ないかな」と呟いた。
「シュラは本物の怪獣を見たい? そんなに怪獣が好きなの?」
シュラは答えた。
「東京に住んでたのに一度も見たことないんだ。生の怪獣。友達とか学校のやつらとか、みんな見たことあるって言うのに、おれだけ見たことないんだよ。上野に怪獣が出たときだってその日はたまたま家族と横浜に出かけててさ、帰ったら家が壊されて無くなってた。大ワニ怪獣のときだよ」
「ああ!ワニ怪獣!覚えてるよ!川から出てきて鉄橋を丸呑みしたやつだろ? あの時のタイタンマンかっこよかったなあ。タイタントマホークラリアット!」
「そうそう!大ワニ怪獣ロックダイル。あんな巨体でドリルみたいに突進して来るし、尻尾に回転ノコギリがついているメチャメチャ凶悪なやつ。
見たかったなー。
岩石怪獣ガンテだって見れなかった。せっかく岩手にも出たと思ったのに、新しいタイタンマンがやっつけちゃうから。余計なことすんなよな」
「タイタンマン、好きじゃないの?」
「どっちかって言えば嫌い。だって怪獣やっつけちゃうんだから。シンイチ君は好きだったよね」
「うん、僕はタイタンマン好きだよ。だってどんな怪獣もやっつけられるから」
「恐竜怪獣には負けたよ。タイタンマンだって無敵じゃなかった。正しくたって勝てないことがあるんだよ。悪くても強い方が勝つんだ」
「ムカつくよ、それ」
「ぼくはさ、怪獣より人間が嫌いなんだ。だって人間って正しい顔して悪いことする。
シンイチ君には悪いけどぼく岩手も嫌いだよ。特にここカサラギはね。こんなところ好きで来たんじゃない。できれば来たくなかった。ずっと東京にいたかったよ。だけど親に無理矢理連れてこられたんだ。こんなところに来るくらいなら東京にいた方がずっとずっとマシだった。ほんとムカつく。マジでムカつくよ」
「僕も嫌いだよ、こんな田舎」
「あーあ……また怪獣現れないかなあ。こんな田舎跡形もなくぶっ壊してほしいわ。ヒリコもダイチも学校も近所のやつらも、何もかも全部ぶっ壊してほしいわ」
最後にシュラは空に向かって
「怪獣よ、来い!」
と、叫んだ。
27 三月十九日のニュース
『番組の途中ですが、ここで緊急の怪獣注意報をお知らせ致します。本日1994年3月19日朝六時頃、広田湾に巨大な岩石状の物体が流れ着いているのを近隣の漁師たちが発見しました。この正体不明の岩石から怪獣出現の恐れがあるため、近隣の住民はただちに避難を開始してください。また、岩石に対して不必要に近づいたり攻撃を加えたり等の刺激を与えたりすることのないよう注意してください』
『緊急怪獣速報、緊急怪獣速報、たった今、広田湾に怪獣が出現したとのことです。岩手県沿岸全域、宮城県沿岸全域で緊急避難命令が出されました』
『謎の浮遊物体から出現した怪獣は広田半島に上陸を開始したとのことです。岩手県は二度目の怪獣被害に直面しています』
『怪獣は海藻のような複数の葉体を有していると見れることから《海生怪獣ザブンガー》と呼称されるとのことです』
『海生怪獣は漁師たちを丸呑みすると広田港に上陸しました。
政府は防衛戦隊に即時出動を要請しましたが、防衛戦隊は現着まで数時間かかる見通しです』
『緊急怪獣速報です。2時間前、岩手県広田湾沿岸に出現した海生怪獣は広田半島に上陸後、陸前高田市方面に向かって侵攻中とのこと。広田町は現在、深刻な被害を受けております』
『たった今、岩手駐屯地の航空自衛隊の怪獣攻撃隊が大船渡にて怪獣へ攻撃を開始しました。繰り返します、たった今、岩手県大船渡にて航空自衛隊の怪獣攻撃部隊が怪獣に攻撃を開始しました。半径20キロ圏内の住民には緊急避難命令が出されています』
『防衛省からの報告によりますと、先程攻撃を開始した航空自衛隊の怪獣攻撃部隊は、海生怪獣の放水攻撃を受け、戦闘機二機を撃墜されたとのことです。戦闘機は広田湾に墜落し、パイロットの安否はいまだ不明です』
『今回の作戦の指揮を執る藤山誠参謀長官は本作戦の失敗を認め、今後作戦の大幅な軌道修正と防衛戦隊到着後の後方支援に全力を傾けると表明しているとのことです。その防衛戦隊ですが、先鋭隊が現在くりこま高原を通過中、到着まであと30分を見越しているとのことです。海生怪獣による死傷者の数は不明。関係者らは対応に追われています』
28 卑怯者
その日は終業式の日だった。
怪獣が出たことで休校になり、僕たちはまた車に荷物を詰め込んで避難の準備を始めた。
外では以前のような暴動が起こらないようパトカーが見回りを兼ねて避難を呼びかける声が聞こえる。
「おい、急げ!道が混む前にすぐに出るんだ」
お父さんは寝袋やテント類を車の荷台に放り込みながら叫んだ。
「そんなに怖がらなくても大丈夫じゃない?
怪獣はいつも大都市を狙ってくるでしょ。県南に出たなら仙台に向かうはずよ。それに防衛戦隊がロボットで倒してくれるわよ」
「この前は南下しないでこっちに来たぞ。防衛戦隊だっていつ来るか分かりやしない。常に最悪を想定して行動するんだ」
「その時はまた新しいタイタンマンが来てくれるわよ。この前だってそうだったじゃない」
お母さんはそう言ったけどタイタンマンは来ない。アテル君は星に帰ったし、今のタイタンマンはまだ6歳のユウキ君だ。ユウキくんは今頃病院で検査を受けている。そして頼みの防衛戦隊は重い『ガンボッド』を運ぶのに時間がかかっている。今ここに怪獣が現れたら……。
「早く車に乗るんだ!」
お父さんの声と同時に僕たちは車に飛び乗った。アテル君を思うといつ死んだっていいと思っていたのに、いざ怪獣警報が出ると震えるほど怯えてしまう。なんて臆病で情けないんだ、僕は。
「あ、また逃げた」
近所の人達はすっかり僕たちを見下して冷たく笑った。僕たちは陰で「卑怯者の家」と呼ばれている。陰で言われているのに耳に聞こえてくる。聞こえるように言っているのかもしれない。
ヒリコとヒリコの家族を怒らせたことで誰も僕たち家族と関わることができなくなっていた。僕たちと関わるとヒリコたちに敵視されるからみんな僕たちから距離を置いた。
お母さんはそのことですっかり参っている。
僕らは怪獣に殺される前に噂に殺されるかもしれない。
正直に言うと怪獣がここまでやってきてヒリコたちを踏み潰してほしいと思う。いま僕たちが生きづらい原因はヒリコたちにあるのだから。
だが、
そんな願いはまたも打ち砕かれた。
岩手に到着した特防戦隊が釜石で海生怪獣を迎え撃ち、必殺のロボット兵器《ガンボッド》で見事やっつけてしまったのだ。
周囲が喜びの声を上げる中、僕たち家族だけは孤立した空気の中、気まずく家に帰ってきた。
「死ぬよりいいだろ」
と、強がる父さんを母さんは責めた。責め続けてまた夫婦喧嘩に発展した。僕はまた眠れない夜を過ごす。あとどれくらい眠りにつけば今の状況から抜け出せるのだろう?
辛くてたまらない。
いいや、僕に泣き言なんて許されない。
アテル君を追い詰めた罪を思えばこんなの罰にもならない。これ以上の苦しみをアテル君は受けていたんだ。それでも笑って堪えていたんだ。
アテル君の強さを今思い知った。
⑤へ続く
前回までのあらすじ
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