虹色銀河伝説 地の章⑥
34 笛の音
怪獣が僕たち家族の目の前に現れた。お母さんは慌てて動かない車に飛び乗り、お父さんは何度もクラクションを鳴らして何かを叫んだ。
僕は震えながら何もできずに目を閉じた。
その時……こんな時に笛の音が聞こえてきた。初めて聴く不思議な音色だ。すでに死後の世界との間にいるということだろうか。
すると、にわか信じられないことが起きた。怪獣は僕たちを避けるように踵を返し、二丁目の方に向かっていった。怪獣に思惑があるのかないのか、怪獣が遠ざかっていく。
ピュリラーラ、ピュルールー……。
幻聴か、誰か吹いている人がいるのか。
笛の音色はしばらく僕の耳に響き続けた。
35 戦闘
『臨時ニュースです。たった今、岩手県盛岡市笠良木団地内において突如怪獣が出現しました。怪獣観測センターからの情報によりますと、怪獣は甲殻類を思わせる形状で巨大なハサミを持っているとのことです。また怪獣の出現には前触れのようなものは全く見られず、急な出現だったため関係機関の対応に遅れが見えるとのことです。近隣にお住まいの方は防衛隊の指示に従い、適切に避難してください。
怪獣はザリガニのような形状をしていることから《甲殻怪獣ザリザ》と呼称されています。
現在、SDFはザリザ討伐のため鉄腕部隊を出動させており、現着まであと20分ほどと見込まれています』
(……まったくついていない。自分が当直の日に怪獣が出現するなんて……)
岩手県警特別避難課、阿名田雄哉(アナタ ユウヤ)はその日当直だったことを恨んだ。
家庭の経済的理由から破格の給与待遇に釣られて特別避難課を志望し、さらに怪獣とは無縁と聞いていた岩手県勤務に決まり順風満帆に思えた人生だったが、勤務2年目にして、まさか3度も県内に怪獣が現れるとは、まさしく想定外だった。
しかし今逃げるにはいかない。自分に憧れる幼い息子の為にも、今度生まれてくる家族の為にも、自分を選んでくれた妻の為にも、肝心なところでおいそれと一人逃げるわけにはいかない。
かっこいいパパであるために!市民のために! ヒーローになる時がきた!
阿名田はキャップを締め直し、すぐに怪獣観測センターとSDF本部に回線を繋いだ。さらに課内の待機中全職員に緊急出動を通達、紫波町にある県警怪獣対策本部から避難誘導用のワゴン5台を出動させた。
休暇中の職員にも臨時で出動を依頼したが、人手不足を補うため阿名田も自ら先頭のワゴンに乗り現場に向かった。
「阿名田さん、あれ!」
後部座席に同乗していた同僚の美方正一(ミカタ マサイチ)が遠くの空を指差した。
ハンドルを握る篠部孝康(シノベ タカヤス)も思わず「あっ」と声を上げた。
高度700メートルの上空に、見慣れない形状をした8機の軍用ヘリコプターが一糸乱れぬ隊列を組み飛行している。
飛行中のヘリコプターの真下で宙吊りになっているコンテナが見える。コンテナはヘリコプター8機でようやく持ち上げられるほどの大きさで、相当の重量を感じさせる。
コンテナの中身は特別戦術機動兵器-人型01:『ガンボット』であることは間違いない。
SDF機動兵器戦術運用部隊、通称:鉄腕部隊のガンボット空輸作戦だ。
高速のプロペラ回転が生み出す重低音が、戦闘のはじまりを思わせる不穏な空気を報せている。
「鉄腕部隊の輸送作戦か?」
と、篠部が言った。そして、
「あんな高さで飛ぶのか。ワイヤーが一本でも切れたら盛岡は壊滅だな」
と、続けた。
「550tだものなあ。まあ飛行ルートもしっかり計算されてんだろうけど、どうせ落ちるなら怪獣の頭上にズドンってな」
美方は窓から身を乗り出して部隊を見上げた。
「ダメダメ、市街地でそれは困る。オレたちには市民を安全に誘導する使命があるんだから」
阿名田は地図を広げて避難経路を確認しながら赤ペンでポイントを丸で囲んでいる。
どこに交通規制をかけるか、本部は必死で計算しているところだろう。
「何せ岩手は怪獣に慣れていない。行政も岩手は無事だって決め込んでたせいで、整備も行き届いていない。そのツケが今になって……」
ガンボットの空輸作戦は今回が初となる。
半年前の海生怪獣ザブンガー戦では、陸路での運送で到着時間が大幅に遅れ、近年最大の犠牲者を出してしまった。空輸作戦はその反省から立てられた作戦だ。
しかし空輸案は以前から出ていたものの、550トンもの重量があるガンボットを素早く移送できる手段がなく、先立って移送技術の開発から着手してようやく現在に至ることができた。
SDFが米軍との共同開発により生み出したモンスターヘリ『GH《Gund Head》』シリーズ。《空の装甲機》の異名を持ち、高高度、高速移動が可能。また武装の換装によっていかなる戦術にも対応できる高い汎用性と戦闘力を持ち合わせているという。さらに特筆すべきはサイクロンフレームと呼ばれる超電磁モーター直結型の回転軸が搭載されたことによるジャイロの高速回転で、通常ヘリの5倍の馬力を発揮できる点にある。これが鉄腕部隊と呼ばれる所以であり、機動兵器戦術運用の要となっている。
現状GHシリーズはSDF全体で12機が配備されており、それぞれ『三銃士物語』に因んだ名前がつけられている。
GHシリーズが高度を下げてきた。いよいよ目標地点到達間近か。
「篠部さん、バイパスを避けて。滝沢方面から双葉陸橋を通って県道に入るよ。国道4号に交通規制がかかったから。青山から花巻まで南下一通らしい」
信号がすべて黄色に切り替わる。
阿名田は無線機で本部からの司令を拾いながら笠良木までの道順を篠部と後続に伝えた。
対策本部に指定された目標地点、GHシリーズは真下に高度を下げ、40メートルを切ったところでホバリング状態に移行した。コンテナと地表の距離は10メートル弱といったところか。
GH-01《アトス》の操縦士であり鉄腕部隊の隊長、八咫薙智子(ヤタナギ トモコ)は全機に向け通信を開始した。
「アトスから各機へ、アトスから各機へ。地盤計測はクリアした。321でワイヤーを切り離すぞ」
『了解!』
隊員たちの声が揃い、3がカウントダウンが始まる。3、2、1、GO!
ワイヤーが切り離され、コンテナは地面に落下した。同時にコンテナは自動展開していく。地響きと巻き上がる土煙の中、少しずつガンボットがその姿を見せ始めた。
全高27メートルの黒い巨体。円筒状の頭部と胴体、重量感のある四肢、関節部を覆うゴムのようなカバー。鉄やアルミでは実現できない構造から見て、未知の材質と動力が使用されていることは間違いない。謎に包まれたSDFの虎の子。
誰がどのように作ったのか隊員たちですら完全には知らされていない。そんな未知の兵器を使うことに躊躇があるのは部隊長、八咫薙だけではない。とはいえ現状、巨大怪獣相手に被害を最小限に抑えた戦いができるのはこの機動兵器だけだ。
「各機安全圏まで上昇したのち、遠隔操作による怪獣駆除を開始する。頼むぞ、兼田」
「はい」
八咫薙隊長の命令に答えたのは、ガンボットの操縦士、兼田哲子(カネダ テツコ)だ。
兼田が座するGH-04《ダルタニアン》の後部座席が上部にスライドすると天井が開き、折りたたまれていたキャノピーが展開する。座席はそのままキャノピーに収まるように突出する。
兼田は覚悟を決めると専用ヘルメットとグローブを装着し、パソコンに接続されたコントロールスティックを握る。
「接続完了しました。弓木さん、お願いします」
「了解」
兼田擁するGH-04《ダルタニアン》の操縦士は兼田の準備ができたことを隊長機に報告した。
「了解。アトスより各機へ、アトスより各機へ、これよりガンボットによる怪獣駆除を開始する。ポルトスとアラミスは住民の避難、被害状況を確認、県警の怪獣対策本部に連絡。その他は高度を保ちつつ怪獣に近づき兼田を援護せよ」
『了解』
空中からの遠隔操作は実戦では初の試みだ。操縦士の兼田は尋常ならざるプレッシャーの中で、操縦桿を握った。
視覚情報はガンボットを通じて兼田のヘルメットに送られてくる。人感センサーは足元で強く作動し、人間が近くにいる間は、操作できない仕様となっている。動けるというならそこに人はいないということだ。あとは訓練通り操作を行えばいい。
強行偵察の任務を受けたGH-02《ポルトス》とGH-03《アラミス》は高度300の距離から被害地を周回、県警に作戦実行と現場状況を報告した。
特別避難課のワゴンに県警怪獣対策本部から連絡が入る。阿名田のボールペンを握る手が震える。怪獣に慣れていないのは自分だってそうだ。現場に近づくたびに恐怖に押し潰されそうになる。もしかしたら生きていられるのは今のうちだけかもしれない。そんな気にすらなってくる。
「いよいよ作戦が開始されるみたいだ。オレたちは団地の一丁目から入って避難誘導を行う。避難経路は一丁目入り口から4号を左折だが、状況次第では早坂方面から沿岸に向かうルートを選ぶ。自衛隊の到着は1時間後だ、援護は期待できない。オレたちで市民を誘導するんだ。作戦中の誘導だから何が起こるか分からないが、全員生きて帰るぞ!」
阿名田の声に篠部と美方は相打ちをうつ。
直後、下から突き上げてくるような激しい振動が車体を浮かした。
「ガンボットさんのお出ましだ」
篠部は振動の正体がガンボットが降下してきた衝撃だと即座に見抜きながらハンドルを回して車体を安定させた。
団地に入りワゴンのスピーカーから避難誘導を開始した阿名田達は、団地の惨状を目の当たりにして言葉を詰まらせた。
ガンボットは甲殻怪獣ザリザに向かって前進を開始する。
「こちら対策本部、こちら対策本部、避難誘導中のワゴンに緊急避難を通達する。直ちに避難誘導を取り止め、退避せよ、直ちに退避せよ」
阿名田はショックでしばらく茫然としていたが、SDFからの通信で気を取り直し応答する。
「こちら特避課阿名田。こちら特避課阿名田。まだ一人も誘導できていません」
「SDFからの伝達だ。状況は想像以上に深刻かつ困難、よって市民の避難は必要ないとのこと」
「待ってください、避難の必要がないとはどういうことですか!?」
「字義通りだ。避難は必要ない」
「ですが目の前に怪獣が……」
「君たちまで死なせるわけにはいかないということだ!」
後手後手の対応に呆れを通り越して怒りさえ込み上げてくる。今まで一体何をやってたんだ。対策本部の無能さと自分たちの無力さに打ちひしがれる。目の前に怪獣が見える。ザリガニのような赤黒い甲殻を持つ怪獣が、憎らしくもガラガラと建物を踏み潰しながら歩き回っている。
空から砕け散った屋根の残骸や壊れたコンクリート壁の破片が降ってくる。
「避難レベルがレッドに移行された。オレたちも直ちに避難だ」
阿名田は本部への怒りを滲ませながら伝えた。
「くそっ、今更かよ!? おれたちをワゴン車で現場に送り込んでおいて、怪獣の目の前で逃げろだって!? 逃げ切れる方が奇跡だろ!」
美方は不満を窓の外に向けて叫んだ。
「嬉しくて涙が出るぜ」
篠部の皮肉が車内に多少の落ち着きをもたらした。
その時、美方の視界に人影が入った。小学生くらいの男の子が笛を吹いているように見える。
「ちょちょちょっと、あれ、人じゃないか?」
美方は慌てて人影の方向に指を指す。
「生存者だ!阿名田さん、本部に連絡」
篠部の声が車内に響き渡る。
しかし本部の決定は覆らない。《避難レベル/レッド》は医療班ですら自己生存を優先にしなくてはならない決まりとなっている。
阿名田は前方一点を見つめ、唇を噛み締める。額から冷たい汗が滲み出て、両ひざはガタガタと震え出す。動悸が止まらない。
その様子を見た美方は、阿名田が何をしようとしているのか察した。それはハンドルを握る篠部にも解っていた。阿名田は命令を破る覚悟を決めている。ただそれは美方も篠部も同じだった。
阿名田は他のワゴン車を退避させた上で、美方、篠部と共に生存者の救出に向かった。
ザリザは両腕の巨大なハサミでガンボットに襲いかかる。兼田は急いでパソコンにキーワードを入力、コントロールスティックを握る。
入力されたキーワードは《プラズマアーム》。
スティックのトリガーを引いた状態で赤いボタンスイッチを押し込んだ。
ガンボットの両腕の装甲が開いて折り畳まれると、腕部に巻きつけられたコイルが露出する。随時コイルに超高圧電流が流れ、腕部周辺にプラズマが発生した。
威嚇するように両手のハサミを広げたザリザに対し、ガンボットはプラズマアームで反撃した。ザリザのハサミを伝い、超高圧電流がザリザの全身を巡った。バチバチッと音が空中に響き渡る。
兼田はさらにパソコンに《プラズマパンチ》と入力すると、先ほどと同じようにトリガーを引き、赤いスイッチボタンを押し込んだ。
ガンボットは拳部分に腕部の全電力を蓄電すると、その拳を怪獣に打ちつけた。高質量のパンチは怪獣の甲殻を打ち崩し、怪獣の体内に100万ボルトの超高圧電流が流れ込む。怪獣は最後に自らの甲殻に圧迫された形で破裂し、ガンボットの前に敗れ去った。
阿名田は救援に賛同した他のワゴン車と生存者の救出に駆け回っていた。
プラズマパンチによるサイドスプラッシュで近隣の崩れた家屋から火災が発生する中、大きなアンテナの向かい側の家にまだ住人が生存しているのを確認した。
怪獣を見上げるように道路に座り込んでいた小学生くらいの少年は、よほどショックを受けたのか、生気が感じられない青白い顔をしている。
呼びかけてもしばらく反応がない。
阿名田は急いで少年に毛布をかけてやり、ワゴンに収容した。
生存者はまだいる。惨状を嘆いている暇はない。一人でも多く救助を必要としている人たちを救うんだ。
阿名田は走った。篠部も美方も皆走った。
「生存者確認!」
36 避難所
「生存者確認!」
僕の頭上で救助隊員が大声で叫んだ。
雨が降っていた。パサパサと冷たい音を立てて辺りの視界を曇らせる。
毛布をかけてくれた救助隊員に案内され、僕たち家族は救助ワゴンに乗った。臨時に設置された避難所に向かう。ワゴンには他の生存者も乗せられていた。みんな木彫りの彫刻のように年寄りも子どもも見分けがつかないほどカサついた顔をしていた。これまで怪獣災害はこの辺の住民にとってテレビの向こう側の話だった。それが今や当事者となっている。
『怪獣発生から5時間後、SDFの攻撃により《甲殻怪獣ザリザ》の駆除に成功しましたが、怪獣が出現した地域では今なお多くの犠牲者が出ているとのことです』
『岩手県盛岡市で発生した怪獣災害の被害状況ですが、怪獣の出現地点である笠良木団地では約350世帯が被害に遭い、現在確認されている生存者はわずか146名。死者、行方不明者は2000名を越えています。また、生存者146名の中にも多数の負傷者がおり、今後も予断を許さない状況となっています』
避難所はかつて市内のスケートリンクリンクだった場所だ。氷はないものの、まだ肌寒い感じが残っている。でもそれは気のせいかもしれない。
僕はその避難所で、別のワゴンで送られてきた生存者に会うことができた。同じ学年ではシュラと日々木君、水城ミホがいた。ミホの両親は重い怪我を負って病院に送られたらしい。他は違う学年の子が何人か、無傷で生存した子どもはそれくらいだ。
避難所には死者、負傷者、行方不明者のリストが貼られていた。病院で亡くなった場合は負傷者リストに赤線が引かれた。
避難所の人達はそのリストの前で泣いたり壁を叩いたり、おろおろと歩き回ったりした。
「ヒリコが生きている」
生存者リストに名前がある《鬼島ヒリコ》の名前を見て、シュラは驚き、日々木君は喜んだ。
気のせいかもしれないが、シュラが舌打ちをしたように見えた。
気持ちはわかる。でも僕にはヒリコやダイチが生きていることを悔しがるほどの余裕はなかった。それだけ間近で暴れる怪獣やたくさんの死傷者を見るのが怖かったんだ。
「ああ良かった。ダイチは大丈夫かな?」
日々木君は心からヒリコの無事を喜び、心から行方不明のダイチを心配しているようだった。
「日々木は、ヒリコやダイチが憎くないのか?」
シュラが尋ねる。
「憎いわけなんてないだろ? 死んで嬉しい人なんていない。誰一人として」
シュラの問いに日々木君は屈託なく答えた。「あいつらはそう思ってないよ」
シュラは言葉に棘を着せた。
「なんだっていいさ。俺は誰に憎まれたってみんなを笑顔にできれば幸せになれるんだから」
37 理由
夜になってもアリーナ(避難所)は消灯しない。夜11時。こんなんじゃ眠れない。
僕は嫌になって外に出た。
月が出ていた。
突き刺さりそうなほど鋭い三日月だ。
「きれいな月だな」
先客がいた。月明かりに照らされた日々木君が、ひょいと顔を出し、また空を見上げた。
「そうだね」
僕たちはしばらく黙って月を見た。
お腹が鳴った。ぐうぐう鳴って止まない。
そういえば昨日から何も食べていなかった。
「食欲なんてないのに腹だけは減るんだよ。身体って不便だね」
僕はずっと食欲が無くなっていた。アテル君の件があってから、何を食べても美味しく感じられなかった。今だって食べ物を見るのも嫌なくらいだ。気がつけば昨日から何も食べていない。
「美味しくないよな。何食べても美味しくない。その気持ちわかるよ。なんにもおいしくない」
日々木君もそう言った。これまで違う世界の人と思っていた日々木君がはじめて身近に感じた。
「単純な質問していい?」
日々木君は僕が何を訊くのかすでに知っているように「いいよ」と答えた。
「……ヒリコたちを笑顔にする目的って何?」
「笑顔にすることが目的だよ。変な質問だなあ」
「変なのは日々木君だよ。自分を攻撃する相手に向かって笑顔にしてやる、なんて、そういうの、変だよ」
月を見る日々木君の瞳は、その奥に悲しい光を宿して夜の暗闇に揺らいだ。
「……今でも変だと思うか?」
僕は避難所の入り口に目を向けた。静けさの中に浮き上がる不安と深い悲しみの色。冬の枯れ木のように音もなく、ただ風に吹かれるような色。
「あの日……みんな泣いていたんだ。生きているのが嬉しくて泣いたんじゃない、生きてるのが辛かったからだ。みんな何も言わず背中を丸めて、壊れた街を見つめていた。死んだようにずっと。
昨日まで元気だった人達も、喧嘩してたヤツらも、仲の良かった友達も……
……大嫌いだった親も、見分けがつかないくらいぐちゃぐちゃに潰されて……
俺たちは何もできずに座っていた。
だから意地悪とか嫌なヤツとか、そんな小さいことなんてもうどうでもよくなってさ。だって、その時が最後かもしれないんだよ。最後に話した言葉が悪口なんて後悔する。それよりも笑顔がいい。俺は最後の最後までみんなを笑顔にしたいって、その時に思ったんだ」
僕には何の返事もできなかった。ただ、ただ、涙と喉から突き出そうになる嗚咽を堪えるばかりだった。
⑦へ続く