「この世界を自分が生まれた時よりも少しでもいいものにしてこの世を去りたい」
昨日の続きで、Wikisource から J・S・Mill 学長によるセント・アンドリューズ大学での名誉学長就任記念講演の一部を引用します。これは岩波文庫の竹内一誠訳「大学教育について」として市販されています。180ページほどの薄い本で読みやすいですが、岩波文庫は店頭在庫が少ないので見つけた時が買いです。
There is nothing which spreads more contagiously from teacher to pupil than elevation of sentiment: often and often have students caught from the living influence of a professor, a contempt for mean and selfish objects, and a noble ambition to leave the world better than they found it, which they have carried with them throughout life.
この部分を竹内訳本 p.106 の訳文をいきなり載せるのではなく、この部分の所々を一緒に訳出してみましょう。
There is nothing which spreads more contagiously from teacher to pupil than elevation of sentiment:
nothing more A than B は「BほどAなものはない」です。比較級を用いた最上級表現です。
elevation of sentiment:
ここをイッセー先生は巧みに「高貴な心情」と訳しています。
「A of B」を「B の A」ではなく、「A の B」と柔軟に、日本語としてわかりやすく訳しています。
often and often を「今までにも」とわかりやすくしています。
そして佳境に入ります。ネットで紹介されている頻度が最も高いところ(勝手な憶測!)です!
and a noble ambition to leave the world better than they found it, which they have carried with them throughout life.
to leave は直前の a noble ambition を修飾します。その内容から訳しましょう。
to leave the world better.
ここはSVOC文型で leave(V) the world(O) better(C)となります。
直訳で「世界をよりよくする」
それを「世界を去って、(世界を)よりよくする」として、人生全体を想起させる印象的な訳出をしています。
better than they found it.
直訳で「彼らがそれを見つけた(もの)よりもよく」
なるほど、彼ら=学生が初めて the world を見つけたのは「生まれた時」。扱っているテーマは大学生活から人生全体に関わることですから、もっと広い視野から「生まれた時」とまたしても印象的に訳しています。
この it が the world を指しているのは明らかですから、a noble ambition を含めて訳し、
直訳で「彼らが発見した時よりも世界をより良いものにするという高貴な野心」
,which they have carried with them throughout life.
直訳で「そしてそれを、彼らは人生全体を通じて抱き続けてきた」
イッセー先生の訳を見ましょう。
「高貴な心情ほど教師から学生へと容易に伝染していくものはありません。今までにも、多くの学生たちは、一教授の強い影響を受けて、卑属で利己的な目的に対する軽蔑をし、この世界を自分が生まれた時よりも少しでもいいものにしてこの世を去りたいという高貴な大望を抱くようになり、そしてそのような気持ちを生涯持ち続けたのであります」
大学時代をどう送るのかが「人生を価値あるもの」とするかの分かれ目になっています。このスケールの大きさが、ミルの講演の魅力の一つです。