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8.「日本むかし話」宝物

「日本むかし話」宝物

爺さんと婆さんが寂しい山里でぽつんと2人で暮らしていました。
2人とも優しい心の持ち主で、子どもが大好きだったのですが、いくらがんばっても、かわいそうなことに子宝に恵まれませんでした。
夫は寂しさを紛らそうと、面白い話をしたり、ヘン顔をして見せたりして、一生懸命妻を笑わせようとがんばりました。そして妻は妻で、いつもおいしいご飯を作って夫の身の回りの世話をし、貧乏ながらも2人はいたわりあい仲良く暮らしてきました。
ある日、柴刈りの帰り道、爺さんは罠にかかって動けなくなっている鶴を助けて、放してやりました。
その日の夜、子犬がやってきました。
「あれ?なんで犬が来るねん。わしは鶴を助けたんやで」
すると婆さんは笑いながら言いました。
「お爺さんは最近は白内障やし、犬が鶴に見えたんとちゃいますか」
「あほな。鶴と犬を見間違う白内障なんか聞いたこともないわ」
爺さんも笑いました。
「分からんよ」
「まあ、ええ。シロいう名前つけてかわいがったら、そのうち、ココ掘れ、なんて言いよるかもしらん」
「この犬、黒やねんけどなあ」
「ええねん。シロという名前にせなあかんねん」
そう言って、犬を飼うことにしました。
その数日後の夜、ひとりの若い女が訪ねてきました。
木戸を開けた瞬間、爺さんと婆さんは、「来たコレ!」と手を取り合って、喜びました。
「道に迷ってしまいました。一晩泊めてくれませんか」
見ると、ひどく疲れているようで、その上、足に怪我もしていて、弱っている様子です。
コレや、コレや。この人を待ってたんや!
「ええよ、ええよ。どうぞ、どうぞ。ゆっくりしていってちょうだい」
と言い、ご飯を出してあげました。
「おまえさん、名前は?」
「ツルと申します」
あひゃ!やっぱし。
老夫婦は心の中で狂喜乱舞です。
それから数日が経ったのですが、ツルはいっこうに機織り場に入ろうともせず、毎日たくさん食べ、元気もりもりになって、犬と楽しく走り回って遊ぶばかりです。
「はた織りする気なさそうやなあ」
「そうですなあ。まあ、よろしいやん」
「犬は犬で、なんも吠えんと、メシ食うとるだけやがな」
「ほんまになあ。けどまあ、よろしいやん」
老夫婦はそんなことを言い合い笑っていました。
そして、ある寒い夜、6人のお地蔵さんがやってきました。
「婆さん、すげ笠あるか?」
「おます。おますけど、5つしかないわ」
「いやいや。5つでええねん。1つ足らんとこがミソやねん」
爺さんは足りない分、自分がしていた腹巻を脱いで、6人目のお地蔵さんの頭にかぶせました。
お地蔵さんたちはありがとうと言って、帰るのかと思ったら、そのまま土間に居座りました。
「これで路上生活とはおさらばですわ」
お地蔵さんたちはみんな嬉しそうです。
それから数日して、猫がやってきました。よく見ると、長靴を履いているではありませんか。
「イソップも来るんやなあ」
「猫の話はイソップちゃいまっせ。・・・・知らんけど」
さらに数日後、太郎と名乗る若者がやってきました。
「あんた、もしかして、浦島という苗字か」
「はい。その通りです」
うわ、えらいのんが来よった!
爺さんは慌てて振り返り、後ろに立っていた婆さんに、耳打ちしました。
「こいつけむり出しよるぞ。やばいから、離れとけ」
「お地蔵さんもみんなと同じようにお年寄りになってしまいますんかいなあ」
「知らん。知らんけども、わしらはこれ以上年取ることはできん。けむり吸うたら死ぬやろ、多分」
爺さんは太郎に言いました。
「すでに鶴と犬と猫とお地蔵さん6人がおりましてなあ、もう一杯一杯なんですわ。どっかよそを当たってもらえませんやろか」
爺さんがそういうと、太郎は困った顔をしたまま、その場を動こうとしません。
「あんた、ほかに行くアテないんか?」
「はい」
太郎は本当に困っているようです。
「そうか。・・・・しゃあないなあ。ほんなら狭いけどうちに泊まっていき」
「ほんとですか」
「ああ。ええよ。ただし、や」
爺さんは真顔になって、じっと太郎の目を見ました。
「ヘンな箱持ってへんやろなあ」
「ああ、はい。あの箱は川に捨てました」
「どうなった」
「魚は全員シーラカンスになりました」
ちょっと違うような気もしましたが、太郎も家の中に入れてあげました。
「どないなっとんねん。ヘンな家になってしもた」
そう言いながらも、老夫婦は訪問者たちを追い出すことなく、笑っているあいだに歳月が流れました。
太郎とツルは恋をし、結婚して、爺さん婆さんの養子となり、子どもを作りました。
家の中は爺さんと婆さん、それに太郎にツルと幼な子が3人。そして犬と猫がはしゃぎまわり、土間では6人のお地蔵さんが朝夕お経を唱えて厄払いをし、みんなを守ってくれています。
「なあ、婆さん、わしらもう寂しいことないわな」
「はいな。ほんま、にぎやかになりましたわ」
「誰かが来るたびに金銀財宝を夢見たけど、わしらはもっとすごいもん手に入れた、ちゅうことやなあ」
「老い先知れてから、こんな幸せになるとは思てもみませんでしたわ」
婆さんはそう言って、うれし涙をぬぐいましたが、老い先知れてと言ったわりには、この夫婦はその後ものすごく長生きをして、ひ孫が成人するのも見届けたそうな。
めでたし。

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