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乗馬教室18 隣りのモンテ

メイショウドンタク 連続3回目

2024年10月25日
ラピュタの脚の腫れはまだ残っている。こんなに長引くとは思わなかった。最初のころにくらべると痛みはマシになっているそうだけれど、レッスン復帰にはまだ時間がかかりそう、とのこと。
お願いだから命だけは助かって・・・・。
馬房でラピュタを見ているうちにうるうるしてきた。

なんと、今日もドンタクだった。連続3回だ。
ドンタクにムクチつけて一緒に洗い場に行くと、隣りのブースで見慣れない女の人がひとりぽつんと立っていた。
そこにはお馬さんはいない。きっと入会したての初心者で、先生が馬房からお馬さんを連れてくるのを待っているのだろう。手持ち無沙汰そうで、緊張感混じりの半笑いで視点の定まらない目。誰かが声をかけてくれるのを待っているに違いない。
私も1年前、こんなだった。
こういう時って、誰でもいいから話しかけてくれると緊張がほぐれ、嬉しくなるというものだ。
だから彼女はすぐ隣りにいる私が話しかけるのを待っているのを感じた。何度も目が合うのだけれど、私はドンタクの準備でいっぱいいっぱいなので、目が合うたびに会釈と笑顔を送ることしかできなかった。
すぐにこちらの先生がやってきたので、トーラクを着けてそのままレッスン場へ。

2年後駈歩ができるようになっていたいという欲望に取りつかれてしまっているので、たくさん練習をさせてくれるドンタクに当たるとめちゃくちゃ嬉しい。
今日の梨村先生はこれまでに何度かお世話になった男の先生で、9月にやらかした例の「モンテの腰すわり事件」のときに助けに来てくれた人だ。彼はいつも最初の5分くらいは馬上の私に世間話をしかけてくる。
今日の話題は日曜日に控えた衆議院選挙についてと、中学校時代の部活についてであった。
先生は中高時代は野球部で、足がすごく速かったそうだ。確かに、見るからに足が速そう。
これらの世間話は多分、レッスン生の気持ちをリラックスさせるためなんだろうと思う。
おかげでリラックスできたんだけれど、レッスンが始まると、前回よりも難しい指令がおりたので、緊張してしまった。
前回に続いて、やっぱり「立つ座る」をしながらの片手離しなんだけれど、今日は離している方の手は、手綱もつかんではダメ。完全に手を下ろしてだらんとさせること。
えー!
「前の時はサドルホルダーを離している手も手綱は持っていてよかったんですけれど」
そう言ってみたけれど、
「あはは。今日はダメ。今日は何もつかんじゃダメです」
とあっさり断られてしまった。
両手でサドルホルダーを持っていてもちゃんと立つ座るができないというのに・・・・。
でも恐る恐るやってみると、「ふむふむ・・・・」、少しだけできた。
これ、ドンタクのおかげ。
ドンタクが揺れの少ないお馬さんであり、きちんとリズミカルに軽速歩を続けてくれたからだと思う。

ふと隣りのレッスン場を見ると、さっきの女の人がレッスンを受けていた。
そして、遠目からでは定かではないが、乗っているお馬さんがどうもモンテのようだ。
あれ、モンテか?
なんと、モンテらしきお馬さんが軽速歩をしているのだ。すぐに止まりはするけれど。
なんでや!軽速歩やってるやん。・・・・いやいや、あれ、モンテじゃないかも。・・・・いやいや、鹿毛であのデカさと太さはやっぱりモンテや。きっとモンテや。
違う。あんなに軽速歩をしてくれず私を困らせたモンテのはずがない。軽速歩を繰り返しているやん。
なんでや!・・・・ん?モンテそっくりの新入りのお馬さんか?
乗っている人は立つ座るもしないで、どてっとお尻をついたままだけれど、お馬さんは黙々と先生の指示に応えている。
いやいや。あれはやっぱりモンテや!
「よそ見してたらあきませんよ。視線の先は進行方向です。モンテが好きなのは知ってるけど」
あちゃ!

無事にレッスンが終り洗い場に戻ると、隣りでモンテを前にさっきの女の人がひとりで暇そうに立っていた。隣りのレッスン場にいたのはやっぱりモンテだった。
彼女の担当の先生は離れたところでほかの生徒さんに何やら指示を出している。
私の先生も「ちょっとこのままここで待っていてください」と言い残して、次のレッスンの馬装で苦戦をしているほかの生徒さんのところに行ってしまった。今日は先生たちはみんな忙しそうだ。
隣りの女の人とやっぱり目が合ったので、話しかけてみた。
「モンテクリスエスですね」
「はい」
その人はにこにこしながら、待ってましたとばかりに話し始めた。前回は体験レッスンでモンテに乗り、楽しかったので早速入会し、今日が1回目のレッスンだとか。
そのあと彼女はいろいろ尋ねてきた。
モンテが初心者用のお馬さんなのかとか、週何回来たらいいのかとか、駈歩ができるようになるにはどうしたらいいのかとか、服装はこれでいいのかとか、雨の予報が出ていたらキャンセルした方がいいのかとか、その他もろもろ矢継ぎ早に聞いてきた。
知らんわ、そんなもん。・・・・というか、私が質問したいことばかりだった。
「すみません、わたしも初心者なんで、どなたかほかの人に聞いてもらえますか」
ちょうどこちらの先生が戻ってきてくれたので、笑顔とともにそのひとことですんだ。
そして無事お手入れが終って、厩舎に行ってみると、モンテもお部屋に戻っていた。
「モンテから離れてしまったよ~(泣)」
「しゃあない。俺は三木ホーストレックの看板息子やから、営業活動も兼ねていろんな人の相手せなあかんのじゃ。人気者はつらいわ」
「そらそうや」
確かに私も最初は2憶3千万円も稼いだ大きな元競走馬に乗らせてもらえるのが嬉しくてたまらなかった。モンテはいちばんの広告塔だ。
「でも、あんなにいやがった軽速歩を、なんで今日はちゃんとしてたん。なんでや」
「涼しくなったからや。それにな」
そしてモンテは続けた。
「初めのうちは俺だって相手の乗馬レベルとか性格が分からんから、そら様子見して、ちゃんとするよ」
「なにそれ。慣れたら手抜きするってことなん」
「おい。人聞きの悪いことを言うな。まあ、当分の間俺は忙しいから、おまえは乗りやすいヤツが相手してくれるやろ。上達のチャンスやと思え。がんばって上手になって、また俺のところに戻ってきたらええから」
「じゃあ、わたしがいつか上手になったら、一緒に三木山に駈歩トレッキングに行こうよ。約束して」
「おう。行こう」
私はるんるんで帰路についた。

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