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炭治郎とさくら1 猫の譲渡会

猫の譲渡会 2020年9月

息子たちが無事に社会人になり、家から出ていき、結婚もして、それぞれ家庭を作ってくれた。これでもう安心だ。
私も歳をとり人生が寂しくなってきたので、猫を飼うことにした。
ノルウェージャンフォレストという種類の猫を2匹買うつもりだった。1匹よりも2匹の方が猫同士で遊べると思ったからだ。1匹40万円くらいだから、2匹で80万円。寂しい気持ちが癒されるのならば、決して高い買い物ではないと、納得した。
いきなりいちげん客でペットショップに行くのもよくないと思ったので、知り合いの獣医さんに相談してみた。良いペットショップかブリーダーさんを紹介してもらうためだ。
ところがその獣医さんはノルウェージャンフォレスト購入に大反対だった。
「猫は日本猫に限るよ。賢いし病気もあまりしないからねえ。保護猫を譲渡してもらったら、ウン十万円も払わなくても、ほとんどタダ同然なんだから、いいとこずくめよ」
「でもノルウェージャンフォレストの毛並みと顔が好きなんだもん」
「そんなの3年もしたら飽きるよ。好きで結婚したご主人にもあっという間に飽きたでしょ」
猫と旦那は別物だと思いながら、一応、獣医さんの勧め通り、保護猫の譲渡会に行ってみることにした。
ネットに上がっている保護猫譲渡の記事を見ているうちに暗い気持になった。里親になる条件がいろいろあるのだ。
まず、ペット不可の賃貸住宅はダメ。
仕事などで長時間留守にする人はだめ。
長期出張する人もだめ。
一人暮らしはだめ。事実婚もだめ。これはちょっとどうかなと思ったが、事実婚とか同棲とかは簡単に解消すると思われているからだろうか。そうとは限らないと思うんだけどね。
なんとかここまではクリアしたが、最後の条件、「高齢者だめ」。確かにそうだ。せっかく譲渡してもらってかわいがっても、飼い主が先に死んでしまったら、猫はたいへんなことになる。尼になって寺に入ることもできない。
猫は15~20年くらい生きると聞いているが、私はあと20年以上生きられるだろうか・・・・。
不安がよぎった。
それでも、譲渡会に行った。
保護猫は30匹くらいいて、その中で、生後3か月の兄(茶トラ)と妹(キジトラ)の2匹セットが目を引いた。猫エイズも白血病も陰性。去勢手術も避妊手術も済。ワクチン接種済。
「わたし、あと20年生きられるか心配なんですけど」
そう言ったら、保護主さんは、
「大丈夫、大丈夫。あと30年は生きますよ」
と訳の分からん太鼓判を押してくれた。
結局、譲渡の話は15分でまとまった。
それから数日のうちにペット用品をそろえ、部屋を整えて、2匹の猫を迎える準備ができた。
猫さんたちは保護主さんのクルマに乗せられて、約束の時間にやってきた。
そして、居間に置かれたケージに放たれたが、2匹ともその場にじっとしていて、まったく動かない。
そのうち兄ちゃんの方が口で「はーはー」と荒い息をし始めた。
「あらあら、過呼吸ですね」
保護主さんが言った。
「大丈夫ですか。ビニール袋持ってきましょか」
私は慌てたが、保護主さんは落ち着いていた。
「大丈夫です。すぐに治るでしょう」
本当にすぐに治った。
3か月も野良生活をしていたので、緊張の度合いは半端じゃなかったんだと思う。隣りでうずくまっている妹も目が泳いでいる。
「じゃあ、よろしくお願いします。何かあったら必ず連絡ください。万が一脱走したらすぐに連絡ください」
そう言い残し、保護主さんは帰っていった。
居間で3人になった。ケージの中の2人に、
「これからよろしくね。ちゃんとかわいがりますからね」と言ってみたが、2人とも置物のようになっていて、目も合わせてくれない。
2人はケージのの2階と3階に分かれて、それぞれすみっこで固まり続けて、夜になった。
その日は2人ともごはんを食べてくれなかったし、おトイレもしなかった。
夜、寝るとき、それぞれの目の前にドライフードを置いておいたら、兄ちゃんの前に置いたものは朝に見るとなくなっていた。そして妹の前に置いたものは、手付かずだった。
猫は毛色によって性格が異なるそうであるが、茶トラは人懐っこく食欲旺盛だそう。もう一方でキジトラは野生を残しているので警戒心が強い、その代わりひとたび警戒を解くとよき相棒になってくれるのだそうだ。
そのうち慣れてくれるだろう。
そう思って、2人を見守ることにした。

さて、名前をつけよう。
茶トラとキジトラの兄妹だから、「フーテンの寅さん」にちなんで、「寅次郎とさくら」にするか、流行りの「鬼滅の刃」から「炭治郎と禰豆子」にするか迷った。
迷っているうちにごっちゃになってしまって、「炭治郎とさくら」になった。

その後なんとかごはんは食べてくれるようになったが、全然なつく気配がない。
それどころか、私が近づくと2人とも逃げていく。ぜったいに撫でさせてもくれない。
あーあ、こんなはずじゃなかった・・・・。
私が子供のころ家で飼っていた猫たちはみんなすごく懐いていて、私が座っていると肩に乗ってきたり、私が寝転がるとおなかに乗ってきたりした。
それなのに、今私が一緒にいるこの子たちは、どうなってるんだろう。
だからと言って、育児放棄なんか絶対にしない。この子たちの命を守ってあげると決めた以上、一生なついてくれなくても捨てたりはしない。かわいがり続けるんだ。
そう決意はしたものの・・・・、
それから1年が経ち、炭治郎は撫でさせてくれるようになったが、まだ抱っこはできない。抱っこしようとしたら、地獄の悶絶だ。全力で逃げ、離れたところから私を恨めしそうに見てくる。さくらはもっとひどい。私が手を差し伸べるだけで、逃げていく。
1年も経って、これか。
私は悲しかった。
でも、野良猫の子として生まれて、生まれてから保護されるまでの3か月の間、彼らは人間にかわいがられることなどなく、敵でしかなかったのなら、こうなるしかないのかもしれない。

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