乗馬教室19 小風(こかぜ)の訃報
メイショウドンタク 連続4回目
2024年11月1日
今日のレッスンは3時半から。雨だ。
三木ホーストレックに到着するころにはクルマのワイパーを最速にしても間に合わないほどの豪雨になっていた。
それでも厩舎の中はほとんどのお部屋が空(から)で、ラピュタの姿もなかった。
洗い場に行ったら、レッスン後のお手入れをしてもらっているお馬さんたちがずらりと並んでいて、雨でもレッスンを休む人はいないんだなあと、感心した。(私も休んでないけど)
その中にラピュタがいた。ラピュタはレッスンなしで、脚にホースを巻き付けてもらって、流水で冷やしてるんだ。やっぱりまだよくなっていない。
「ラピュタ、がんばって」
そう言い残して、洗い場の場所取りをして、馬具を運び始めた。
そして今日もドンタク。
よし!いっぱい練習できる。
私が準備をしている間に、ほとんど満室状態だった洗い場から人も馬も消え、独りぼっちになった。3時半からのレッスン生たちはキャンセルしたのだろうか。
土砂降りだから当然、室内練習場なんだけれど、入ってみると、2つに分けた広い練習場はがらんとしていて、先生と私とドンタクの3人だけだった。この時間のレッスンは私だけなんだって。ほかの人たちは今日3時ごろから豪雨になるというのを天気予報で知って、昨日のうちにキャンセルの連絡を入れたらしい。当日のキャンセルはレッスン料取られるから、昨日のうちに。やっぱり私はアホや。
そしてレッスンが始まったんだけど、常歩のときに先生がちょっと怪訝な顔をして言った。
「ドンタクなんだか気が散ってるみたいですね」
私は何も感じなかったんだけど、先生にはちゃんと分かるようだ。
でも軽速歩になると、私にも変化が分かった。リズム感がなく安定しない。いつもは練習場をいっぱいいっぱいに大きく使ってくれるドンタクなのに、描く円がどんどん小さくなって半径3メートルくらいでくるくる回っている。
一旦止めて、軌道修正。
「周りにほかの馬がいないので、不安になっているのかも」
先生が言った。
お馬さんは独りぼっちになったりするとめちゃくちゃ不安になるんだって。
何度やってもドンタクの描く円は半径3メートルだ。そして、レッスン終了間際、ほんの一瞬の2歩くらいだけれどモンテが突然駈歩をしたんだ。
私は何とか体を起こして耐えたけれど、びっくりした。
洗い場に帰る道中でも、ドンタクは厩舎からの物音に驚いて立ち上がりそうになった。
先生が引馬を交替してくれて、洗い場に戻り、お手入れをしたんだけれど、お手入れ後のニンジンタイムのときもドンタクはいつもの彼でなかった。
激しく前カキをした。トラちゃんの前カキは愛嬌があって面白かったけれど、今日のドンタクはそれとは雰囲気が違っていて、なんだか怒っているようでちょっと怖かった。
最後、洗い場から馬房への帰り道も彼はこちらの歩調に合わせてくれず、すたすたと私を引っ張った。
これまでの3回のドンタクとはまるで別人の落ち着きのなさだ。
なんで???
先生曰く、
ドンタクはちょっと神経質で怖がりなところがあるんだって。
隣りの練習場に仲間が見えれば、それで安心なんだけれど、今日は広い練習場に自分だけだったので、落ち着かず、神経をとがらせてしまったのだろう、とのこと。それで、洗い場に帰る道中も普段なら平気でやり過ごせる物音にびっくりしてしまったそうだ。
さらに洗い場でも自分だけだったので、どうやら怒っていたのではなく、心配でたまらなくなっていたみたい。
ドンタクだけじゃなく、サラブレッドの心と体は繊細だと、かねがね言われている。
そんな中で、何があっても動じないのはモンテと小風(こかぜ)なんだって。
「じゃあ、前にわたしがやらかした鞍でなくお馬さんの腰の上に乗ってしまうなんてことをドンタクでやっていたら、大変なことになっていたんでしょうね」
「びっくりして走りだすとかしていたかもしれません」
先生はそう言って笑ってくれたけれど、うなずきながら私は心の底からモンテに感謝した。
だから何をしでかすか分からない初心者はモンテと小風とラピュタが担当してきたみたい。
このところ私がモンテから遠ざかっているのは、新しく初心者さんが入ってきたからだと、理解した。ラピュタは故障中でレッスンに出られないし。
「小風がいてくれたらねえ」
先生が言った。
「え?小風、どうしたんですか。転勤?」
「いいえ」
先生の顔が曇った。
「・・・・」
「死んでしまったんです」
「え・・・・」
脚を傷めたそうで、ほかの関節とかも弱っていて、年齢的に小風には自己治癒力もない。あらゆる治療を試みたんだけれど、あっという間に立ち上がることもできなくなってしまったそう。これ以上手の施しようもなく、小風自身がものすごく痛がっていたので、やむなく・・・・。
「そうだったんですか」
三木ホーストレックのお馬さんはJRAからお預かりしている大切な子たちなので、決して簡単に死なせたりしない。病気や怪我の子に対して、獣医さんを含め、総出で治療や看病をする。それでも小風はダメやった・・・・。
レッスン前の馬房巡りでここしばらく小風の姿がなかったんだけれど、私はてっきり彼がお仕事に出ているものと思い込んでいた。
前に岡吉先生が一番のお気に入りは小風だと言っていた。
「あんなに気持ちよく走ってくれるお馬さん、ほかにはいませんよ」と。
レッスン中は先生の言うことをよく聞くし、いつも冷静で、頼りになる存在だった。だから初心者の相手をしていることが多かったみたい。
私も入会1回目のレッスンが小風だった。
入会したときにもらう「馬装とお手入れの仕方」のビデオに出演しているのが小風だ。栗毛でがっちりした体型の、絵に描いたような美しいお馬さんだった。
受講生にも小風のファンがたくさんいて、彼が歳をとって人を乗せられなくなって完全に引退した時に引き取りたいという、元受講生もいたそう。そうしたいなあ・・・・という淡い願望ではなく、本気の申し入れだったそうだ。おカネがかかっても何らかの方法で小風の余生を守り、最後まで見届けてあげたかったんだろうね。
小風くん、良い子やったね。あんたも好きやったよ。お疲れ様でした。ゆっくり休んでね。
そういう事情で、今は初心者相手のレッスンはモンテが小風やラピュタの分もがんばっているのだろう。だからと言って、酷使されているわけではない。2コマ/1日は守っているので、トレッキングのトラちゃんとかケイタとかナカもレッスンのお手伝いをしてるみたい。
小風は2005年11月12日生まれ。そして、モンテは2005年2月21日生まれ。モンテのほうが少し年上だ。
モンテ、おさぼりしてもいいから長生きして。
追記
「わたし、いつか駈歩がちゃんとできるようになったら、モンテに乗って三木山の森を駆け抜けるんです」と先生に言った。
すると先生は爆笑しながら、「それは無理!」と言い放った。
森の中では何が起きるか分からない。サラブレッドはみんな、突然バイク音とか子どもの叫び声が聞こえたり、急に目の前に犬を連れた人が現れたりしただけで、びっくりして暴れたり、慌てて走り出すかもしれない。舗装道でなくでこぼこ道なので、お馬さんは転んでしまうかもしれない。お馬さんは大けがをするし、当然、私は落馬。
危なすぎて、サラブレッドと森のトレッキングなんてことはありえないそうだ。トレッキングは小さめで、気は優しくて力持ちでいつも冷静で、なおかつ林道に慣れた日本乗系種に限るんだと言われた。
そのあと先生が笑いながら言った。
「うーん、でもモンテならトレッキング行けるかも」
モンテは良く言えば「落ち着いている。動じない」、悪く言えば「鈍い」。そういうお馬さんなんだ。
でも先生の言葉は、あくまでも冗談。
「山の中をサラブレッドでトレッキングなんて命がけですよ。わたしだっていやです」
きっちりそう言い足した。
残念だ!
前回の帰りに、いつか一緒に森のトレッキングに行こう、とモンテと約束したのになあ・・・・。
土砂降りのまま日は暮れ、視界がめちゃくちゃ悪い。
小風のことやら、モンテとはトレッキングができないということで、私も土砂降りな気持ちで家路についた。
ガソリンがなくなってきている。
あーもう、最悪。
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