
Photo by
hananosu
なにも考えず、ただ歩く
先週の半ばくらいの夕方、突如マタニティブルーっちゃって。漠然と、不安。家にひとりでいるからよけいに。仕事があったときはいらいらしてて早く休みたかったけど、気が紛れていた面も確かにあったんだなと思った。
夫に心の余裕があればいいのだけども、ただでさえ年の暮れで忙しいうえ、なにやらとんでもないトラブルが起こったらしく(へたすると年末年始まで潰れるらしい)、わたしのメンタルケアに心を砕いてばかりもいられない。ひとはひとりなのだ。わたしの苦しみは、わたしだけのものなのだ。
陣痛も会陰切開も後産も怖いし、授乳が上手にできなくて乳頭が傷ついて痛むのも嫌だし、乳腺炎になって手術する羽目になったらどうしようとか、そもそもお産で死んだら夫をひとりにしてしまうとか、そういう恐怖と嫌悪と不安とがとりとめもなく襲ってくる。こういうとき、痛いのが女だけなのはなんでなんだと、思っても仕方のないことを思ってしまう。こういうのを、やくたいもないこと、と呼ぶ。
上に挙げた不安すべて、子供を作ろうとした時点でわかっていたことではあるのだけども、頭でわかっていたとてこのゆううつさが消えるわけでもなく。かといって涙も出ず、ああいまわたしはマタニティブルーってやつになっちゃってんだな、と冷静なもうひとりの自分が言っているような状態。
何度ここに書いたかわからないけども、だいたいわたしは変化が苦手なのだ。出産という、肉体的苦痛を伴う劇的な変化を前に、わたしがおかしくならないほうがむしろ妙である。
とりあえず、もう着ない服を紙袋に突っ込んで、床をコロコロで掃除して、焼きシチューを作ってみた。とにかく、手を動かすことだ。あとは、散歩。煮詰まったときこそ、人はおもてに出て散歩をすべきだ。なにも考えず、ただ歩くべきだ。