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2024.7.30 ヒト・コト・トーク#番外編 @カルビー株式会社広島みやじま工場

宮島口の沿線で活躍する方々をゲストにお招きするトークイベント「ヒト・コト・トーク」。
前回は、JR西日本の齋藤賢太郎さん、中村佳貴さんにお話いただきました。(第17回レポートはコチラ
今回は、夏休み番外編としてカルビー株式会社広島みやじま工場にて、広島県在住の小学生を対象にした特別企画を開催しました。かっぱえびせんの製造ライン見学や世界に1つだけのオリジナルかっぱえびせんパッケージをつくるワークショップも併せて実施しました!

ーまずは、カルビー株式会社広島みやじま工場の原田工場長よりカルビーについてお話いただきたいと思います。
(原田)みなさんこんにちは!ようこそカルビー広島みやじま工場においでくださいました。私は、工場長を務めております原田と申します。よろしくお願いします。
 はじめに会社の名前についてお話します。「カルビー」という会社の名前の由来を知っている人はいますか?これは造語になっています。「カルビー」の「カル」はカルシウムからきています。「ビー」はビタミンB1からきています。あわせて「カルビー」です。
カルビーは、1949年広島市の宇品で誕生しました。最初のころは、松尾糧食工業という会社名で、キャラメルや飴をつくっていました。

現在、広島には3つの工場があり、それぞれ特徴があります。先ほど、広島市宇品の工場を紹介しました。その工場に続いて1986年に、廿日市に広島で2番目の工場である広島西工場ができました。こちらの工場では主にポテトチップスを作っています。続いて、宇品の工場が古くなってきたということで2006年に廿日市に移転してきたのがここ広島みやじま工場になります。ここでは、主にかっぱえびせんを作っています。そして現在準備を進めているせとうち広島工場、こちらは広島西工場の機能が移転する予定となっています。
みなさん、この工場に入っていただくときに壁がピンク色になっていることに気づきましたか?なぜかわかりますか?

(参加者)えびの色!

(原田)その通りです!このピンク色はえびの色をイメージしています。我々の工場にとってえびはとても大切な存在です。えびをリスペクトしてこの工場はピンク色に塗られています。 
広島みやじま工場でつくっているかっぱえびせんは1964年生まれです。今年で60歳になります。みなさん、普段買い物にいかれるときにかっぱえびせんの売場をみたことがありますか?カルビーはみなさんと60周年をお祝いしたいという思いで、このような楽しい売場を作っています。さらに、60周年のお祝いということで、広電の電車もかっぱえびせんの色に飾りつけました。今日この電車に乗ってきたよって人!

(参加者)みました!

(原田)来年の2月まで広島駅から広電宮島口駅を走っているのでぜひ乗ったり見たりして楽しんでいただければと思います。
 ここからはかっぱえびせんの誕生についてお話します。かっぱえびせんの原型であるかっぱあられは、戦後まだ食糧が乏しい時代に、高価で手に入りにくいお米ではなく、アメリカから大量に輸入された安価な小麦粉に注目した創業者の松尾孝さんが、お米からあられが作れるなら小麦粉からもあられが作れるはずだと、何度も失敗を繰り返しながら挑戦し、1955年に日本初の小麦あられであるかっぱあられが販売されました。かっぱあられを皮切りにかっぱあられシリーズの商品を発売し、1964年にかっぱあられシリーズ最後となる27番目の商品としてかっぱえびせんが誕生しました。
 以上が、かっぱえびせん誕生についてのお話でした。これからもおいしくて楽しいかっぱえびせんをみなさんにお届けできるよう、従業員一同がんばっていきます。

~製造ライン見学とワークショップ~

ー今日はとてもたのしい製造ライン見学とワークショップをありがとうございました。ここで原田工場長と、かっぱえびせんブランドマネジャーの塩﨑さんにインタビューしたいと思います。
唐突ですが、お2人はお菓子お好きですか?

(塩﨑)はい、とても好きです。

ーカルビーの社員さんはお菓子が好きな方が多いのかなと勝手に思っているのですが、実際どうなんでしょうか。
(原田)もうお菓子食べる年でもないのでねぇ(笑)子供のころはもちろん好きでしたよ。
(塩﨑)わたしの周りもお菓子好きな人が多いです。スナックはもちろんチョコもよく食べます。

ーお2人がカルビーで働きたいと思ったきっかけはありますか?
(原田)今日も見ていてすごく思ったのですが、かっぱえびせんの試食しているみなさんがすごくニコニコしているんですね。お菓子って人を笑顔にする力があるので、それがカルビーで働きたいと思ったきっかけですね。
(塩﨑)わたしは、日常生活で自分がしている仕事の結果とか、喜んでいる方々の姿を見られるというところが良いなと思ってカルビーに入りました。

ー今日は本当に楽しませていただいたので、まさにこれがカルビーの社員さんにとってのやりがいにつながっているんだなと思いました。
参加者のみなさんから、お2人に聞きたいことはありますか?

ー(参加者)かっぱえびせんをつくるとき、一番難しい仕事ってなんですか?
(原田)かっぱえびせんを作るのに3日かかるんですよ。その途中で生地を一定の条件にしてあげないといけません。季節や気温、湿度によっても変わってきますから、条件がばらつく中でもいつも同じ品質に仕上げていかないといけないところは難しいです。

ー(参加者)どうしてこの場所に工場を建てたんですか?
(原田)広島がカルビー発祥で、ここから歩いて5分くらいのところにポテトチップスの工場があるので、近くに移転してきたのかなと思います。推測ですが(笑)

ー(参加者)新しい工場は、今の工場と何が変わるんですか?
(原田)広島西工場が移転する形になります。広島西工場は1986年に建てられたかなり古い工場です。食品をつくる工場は常にきれいに保たないといけないのですが、建物が古くなるとそれが難しくなります。まずはきれいな環境でお菓子を作れるようにするということと、今いろんな技術が発達してきた中で、これまで人が作業していたところを機械やロボットなど自動的にできるようになっています。そういうものを活かしながら生産していくためでもあります。そして、省エネで生産できるようにというのも考えています。

ー(参加者)新しい味はどうやってつくられているんですか?
(塩﨑)私は商品の企画や開発を担当しているのですが、商品を開発するときはまずコンセプトを決めます。どういったお客さんにどういった気分で、どんなシーンで食べてもらいたいか考えて、そのためにはこういった味が良いのではないかと選んでいきます。例えば、絶品かっぱえびせんという商品があるのですが、それは大人の方にお酒のお供として食べてもらいたいという思いがあったので、わさびなど辛みがきいたものを使って濃いめの味付けにしようということで味を選んでいきました。

ー小学生くらいの年代の方におすすめの味はありますか?
(塩﨑)…塩ですかね(笑)

ー(参加者)カルビーの社員さんは全部の商品を食べたことがありますか?
(塩﨑)かっぱえびせんだけでも、年間で30種類くらい開発されています。私はそれが精いっぱいで、ポテトチップスやじゃがりこ等もあるので、なかなか全部を食べることは難しいです。

ー(参加者)もしえびが手に入らなくなったらどうなりますか?
(塩﨑)えびが獲れなくなってきているというのは事実あって、それが原因で、商品の配合を変えたり違う産地からえびを獲ってくるといったこともしています。世界的にえびの獲れ高が減ってきている中で、どうすればかっぱえびせんが作れるかということを考えています。なので、なくなることはないと思います。

ー(参加者)機械で行っている作業は人ができるものもありますか?
(原田)私が会社に入った30年くらい前はすべて手作業でした。技術が進んで、カルビーの工場ではほとんど機械が作業を行っています。機械は文句を言わずにやってくれるので(笑)機械に任せられるところは機械に任せて、その管理を人がするという風にシフトしています。

ー(参加者)かっぱえびせんは家でもつくれますか?
(原田)生地を作るときに高温の蒸気を使うので難しいかもしれないですが、頑張ったら似たようなものはつくれるかもしれません。頑張ってみて!

ーということで、ここでお時間になりましたので質問コーナーは以上とさせていただきます。
カルビーのみなさま、今日は本当にありがとうございました!参加してくださったみなさまもありがとうございました!


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