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2022年に観た映画で印象深かったもの

今年は総鑑賞映画本数179本。映画初めは2022/1/2の『ラストナイト・イン・ソーホー』から、映画納めは12/28の『かがみの孤城』でした。映画館が好きなので基本は映画館ですが、Netflixやアマプラなども増えてきました。では早速。

今年の一番は、『バビ・ヤール』です。ドキュメンタリー映画。

ダントツで面白かった。いや、震撼した。考えさせられました。私にとってセルゲイ・ロズニツァ監督を発見した年で、立て続けに何作か鑑賞した事も衝撃に拍車を掛けてます。『ドンバス』(こちらはフィクション)を観た時に相当なひねくれ者だと認識し、続く一連のドキュメンタリー作品『国葬』『アウステルリッツ』『粛清裁判』『バビ・ヤール』でその誠実さを確認しました。SNS社会になった現代人に対して、戦争を、その混沌さを一番誠実に映画にしている監督ではないでしょうか。最近公開された『ミスター・ランズベルギス』も案の定めちゃくちゃ面白く、今一番観るべき監督と言ってもいいと思います。

続いて、『親愛なる同志たちへ』。とにかく脚本/芝居/カメラ、全てが良い。

1962年、フルシチョフ政権下のソ連がまるで今のように見えてくる。民主的に選ばれた独裁政権での暮らし。腐敗と取り繕いの日々。過去の栄光に浮気し続けている主人公の女。追って来るKGBの男。その厳粛さを装った無表情の下に見え隠れする恋心。白黒画面の決まりっぷり。あの望遠の使い方の巨匠感よ。堪能しました。

で、次は『戦争と女の顔』。ノーベル賞文学賞作家・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』を原作にした劇映画です。

あらすじは1945年戦後のレニングラード。PTSDをかかえた元女性兵たちの看護仕事と暮らしの日々を描いたもの——こうまとめてしまうと簡単なのですが、鑑賞中、この映画が何のジャンルに属しているのか分からず、宙ぶらりんにされる感じがとてもスリルがあって面白かった。とかく無口な主人公。全く理解できなかったり激しく感情移入できたり。女友達とのシスターフッドものかな?なんて安易な想定も簡単に打ち砕かれます。
その時、女は何を選ぶのか。どんな傷を未来に変えるのか――。
戦場は出てこず戦闘シーンもない。「銃後」の映画と言ってもいい。だが、虐げられ搾取され続けている弱き者たちにとっては、そんな「銃後」こそ「最前線」になる。『プロミシング・ヤング・ウーマン』『十七歳の瞳に映る世界』『スワロウ』、そして今年公開した『あのこと』などと並ぶ現代の映画になっており、それが根底では反戦へと繋がっているという事が分かる。
絵画のような画面の色合い。惹き付けの上手いシーン演出。心地よい映画としての無口さ。素晴らしかった。まだ若い監督だと知り、一層驚きました。
余談として、
この映画のポスターには劇中の口を塞がれるビジュアルが使われており、同じく今年度公開した是枝監督『ベイビー・ブローカー』では、子を捨てる母親役のイ・ジウンが目を塞がれるビジュアルがありました。不思議な一致。現代を感じます。

↑こちらは是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』の1シーン。
両作に於いて、視界を奪われ、口を塞がれている女性がキービジュアルになっている。

ここからは、面白かった映画/印象に残った映画を備忘録的に書いていこうと思います。『トップガン・マーベリック』は評判になっていたので観に行きました。こうみえても私は『トップガン』を劇場で観ている世代です。サントラもカセットテープで買った思い出があり、テーマ曲も雰囲気で最後まで歌えます。

観る前は、正直「なんで今さら…」と思っていましたが、観に行ってみれば隙がない作りで楽しめました。
なんて言ったらいいのでしょう。うまく的を得た言葉が見当たらないのですが、『トップガン・マーベリック』を観に行ったというより、『トップ俳優トムクルーズ』という最高のプロモーション映画を観に行ったようにも感じました。
もう後進に道を譲るべき、もう老いを隠せない永遠の青年気取りのマーベリック役には、そのままハリウッドでのトムクルーズの立場を連想させるように作られています。
肉体と知性。役を自身に引き寄せて、独立したアイコンにまで成長してしまったトムクルーズという存在。チャップリン、バスターキートン、ジャン=ポール・ベルモンド、ジャッキーチェンなどに匹敵するアイコン。ハリソンフォードやトムハンクスを超えた感すらします。その虚実を統合するようなトムクルーズの為の映画。
しかし、現代の世ではディープフェイク技術で本人と見分けのつかないトムクルーズアイコンが出回っています。そんな世界にトムクルーズは本物の肉体と知性を誇示し続けます。
生身の俳優代表として、トムクルーズは映画に挑戦する。トムクルーズが出ているから映画は面白い。観客にそう思わせる為に。
まるでその戦いのドキュメントにすら思えました。

次は『アンネ・フランクと旅する日記』というアニメ作品。監督は『戦場でワルツを』『コングレス未来学会議』のアリ・フォルマンです。『コングレス未来学会議』は哲学的で難しい作品ですが、示唆に富み、何度観ても発見があります。好きな監督なので今作も首を長くして待っていました。

セルゲイ・ロズニツァ監督の『アウステルリッツ』では、ダークツーリズムの地となったビルケナウ収容所を定点観測し、観光で訪れた人々がスマホを掲げ記念撮影する姿を写していました。それと等しい視点で、虐殺の犠牲となってしまったアンネフランクを現代に描き直そうとします。
映画冒頭、観光地化したアンネ・フランクの生家に並ぶ観光客の列。その横には難民のテントが並んでいます。観光客の目には難民は映っていません。ショーケースの日記帳から蘇ったアンネフランクは、現世にも居場所を見つける事ができません。観光地化した博物館は、アンネにとってまるで収容所のようです。そして彼女は、現代の世でも難民となってしまうのです。
時空を超えた生まれ変わり。それは『コングレス未来学会議』のテーマでもありました。
物語は、過去と現在を行き来し、歴史修正主義、排外主義、レイシズム、難民問題と重なっていきます。そして観客は、悲劇を消費しようとしていた自分に気づくのです。
テーマが全部入っていた。入っていないのはお客さんだけ。鬼滅も呪術もいいですが、この作品はもっと観られるべきです。

ちなみに、難民の映画だと川和田恵真監督『マイスモールランド』もとても良かったです。日本でも難民や入管問題を扱った映画が増えるのは素直に嬉しい。
アウシュビッツをテーマにした映画では、『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』『北のともしび』『私の親友 アンネフランク』などを観ました。
中でも、『ペルシャン・レッスン』は少し変わって切り口でありながら、自分を被害者だと思い込む事で加害性から目を逸らし続けるナチ将校の姿が描かれており、現代性を感じました。今年はロシアのウクライナ侵攻もあり、平和について考え直す機会が多かったです。

闘争映画も良作が多かった。「移民」「団地」「警察との戦い」をテーマにすれば、『アテナ』『暴力をめぐる対話』『これは君の闘争だ』は面白かった。世界同時的に同じ戦いが生まれているのが分かる。香港デモのドキュメンタリーも沢山観たが、中でも『時代革命』はあの闘争、あの時代を総体的に捉えていて深かった。

NOPE』も楽しかった。
ジョーダン・ピール監督の映画に出会ったのは『アス』が最初。設定に惹かれ気楽に鑑賞した。面白かった。続けて、難しそうと雰囲気だけで敬遠していた『ゲット・アウト』を観て、むしろファンへ。

格差や差別、持つ者持たざる者の断絶、双方の潜在的恐怖がベースにある事は間違いないのだが、教条的にならずド正面のエンタメに昇華していのが凄い。その娯楽性もノーランのようなアーティステックな表現でなく、むしろスピルバーグ的な子供も楽しめるサーカス屋根性といった趣なのが最高。『NOPE』に至っては、日本アニメのオマージュが至る所にあり、その無邪気さにすら好感を抱いてしまう。それもこれも、勢いのある大雑把な発想を、正確にポリコレ的配慮をしつつ巧みな構造と、細部の豊かさで真っ当なメッセージとして落とし込んでいるからだ。凄いなぁ。

MONOS 猿と呼ばれし者たち』も印象深かった。
下界から隔絶された山岳地方でゲリラ訓練を受けている、『モノス』と呼ばれている8人の少年少女。その暮らしを丁寧に描いていく。

世界の情報や彼らの置かれた状況を徐々に明かして物語を牽引するようなテクニックは排され、呪術的/古代風習や伝承的なモチーフを使って、あくまで少年少女の主観で描いていく。長い間宙ぶらりんにされる観客の側の不安が、少年少女の心情とシンクロしてくる。少年少女の危うい純粋さには、どことなく『蝿の王』のような神話性を連想もする。
去年の映画『ONODA 一万夜を越えて』と類似する点が多く、この映画を補助線にすると視界が広がった。生き残りを賭けた小集団が徐々にカルト化していき、自分達に自信が持てない故に反対意見に耳を塞ぎ、むしろ積極的に賛同意見だけを求めて沼へと落ちていく。そして、自己洗脳の為には平気で陰謀説すら唱え始めてしまう。現代の話だ。しかし、敵は内部にはいない。その小集団をコントロールしている巨大な大人達が霧の向こうにいるのだ。最後、『バクラウ 地図から消された村』『悪の法則』と通底するテーマが浮かび上がってきて、この映画は終わる。

邦画で印象深かった作品をいくつか。
PLAN75』は、作品的には完成度は低いのだけけれど(特に脚本)、物語のセッテイングが正攻法で好感を持ち何かと語りしろが多かった。暗くて重い内容なのに倍賞千恵子というキャスティングの上手さが映画に花を咲かせている。対する若者陣、磯村勇斗と河合優実も繊細だ。声高に主張せず諦念の中で生きるしかない若者を上手に表現していて、そのもどかしさ自体が、どこか青春そのものにも似た懐かしい希望に落とし込まれていた。
カズオイシグロの『わたしをはなさないで』と似た感触を持った。今年公開した『アフターヤン』というダウナー系優しいディストピアSFにも似た感想を抱いた。

この映画でも外国人技能実習生問題が描かれており、そこも好感を持ちました。

片山慎三監督『さがす』は脚本、撮影、演出、役者。どれも良かった。
主演の三人の〝顔〟でもう成功している。このコントラストよ。
前作『岬の兄妹』もそうだったが、悲惨な貧困層を主役に置きながらも、いつもどこかユーモアがあり深みがある。人間の中に蠢いている生と性、善と悪をいつも忘れないあたりも信頼できる。韓国映画に似た人間の骨太さと暗さがたまらない。どんどん新作を撮って世界に進出して欲しい。

佐向大監督『夜を走る』は才気が迸っていた。
最初は『さがす』と同じく貧困層を主役に置いた邦画インディーズの雰囲気で始めながら、映画がどんどん狂気の世界へ入っていき虚実の境界を超えていく。まるでカフカが描く夢の不条理世界のようだ。町山智浩さんが〝デヴィッドリンチの『ロストハイウェイ』に近い〟と言っていて膝を打った。確かに!だが、カフカやリンチを模倣した映画は山ほどあるが、こんなに成功している例が他にあるだろうか? 不条理表現は憧れはすれど禁じ手を肝に銘じるほどに難しい。日常描写、演技力、それら感覚的共感を土台にした上で、その土台を自ら破壊しながら観客を揺さぶってスリルに変えていかないといけない。それでいて目覚めた夢の先に、どんな現実を待たせておくか。演出の真価が問われる。
この監督に興味を持ち、前作の『教誨師』も鑑賞したが、案の定良かった。凄いなぁ。

深田晃司監督『LOVE LIFE』も面白かった。脚本が素晴らしかった。深田作品は『歓待』『さようなら』『淵に立つ』は観た事があったのですが、正直、評価の高かった『淵に立つ』が私にはそんなに面白く感じれず、以降食わず嫌いになっていました。とにかく深田作品の画の狭さが好きになれず、画作りに工夫を感じられなかった点が好きになれないポイントでした。画がダサいのです。

今回の『LOVE LIFE』でも若干同じ印象はあるのですが、とにかく脚本が素晴らしくて感心しました。団地という設定の使い方も良かった。同じシチュエーションでキャラの位置を入れ替え、ガラッとその力関係を転換させる。それによって異化効果が事故のように連鎖していく。脚本が良いと、正攻法すぎてサーヴィス精神のない撮影も、どこかブレッソンの『ラルジャン』のように見えてくるから面白い。
脚本的にも、とにかく私たちの身近にある事象で描いて行こうとする姿勢に感心しました。市役所の福祉課勤務、ホームレス支援のNPOでの仕事など、実はあまり手垢のついていない題材を選ぶ志の高さ。
全く飽きず、木村文乃と永山絢斗の夫婦から目が離せませんでした。

三宅唱監督『ケイコ 目を澄ませて』も楽しみにしていた作品の一つ。前作『きみの鳥はうたえる』の、どこか『憂鬱な楽園』の頃の侯孝賢を思わせる眼差しに惹かれ、キャストとカメラの距離、芝居の引き出し方がとても丁寧で惚れました。あの映画の石橋静香さんの役の愛しさ。
で、今作もとても良い映画で堪能しました。無様に勝つことで挫折感を味わい、真正面から負ける事で未来を手に入れる。気付けはケイコと呼吸を合わせている自分がいました。侯孝賢だけでなく、どこか市川準、北野武、相米慎二も連想しました。良かった。
——ですが、『コーダ あいのうた』のアカデミー作品賞受賞後の映画として捉えると、やはり〝主人公の聴覚障がい者であるケイコ役に、当事者があてられていない事〟が引っ掛かり、それとは別に、出資会社の中にマイノリティ差別を繰り返している企業が参加している事にもモヤモヤが残った。

前者の〝ろう者役への当事者起用〟については、監督自身がインタビューで回答をしている。要約すれば、〝監督のオファーを受ける時点で主役は決定しおり、それを踏まえての受注だった事。ならば監督からの対案として、主役以外のろう者役は当事者をキャスティングする事が条件だった〟と。誠実な応答だと思う。
映画は監督だけのものでなく、制作チーム全体の尽力あってのもの、そして、その作品が観客に目に触れる事で映画は初めて完成する。なんて言葉はよく聞く。
つまり、作り手と観客は応答的関係があるという事だ。現場によっては監督よりも実権を握っているプロデューサーもいるし、上記の二点に関してはプロデューサーの決定に依るものだろう。ならば是非、私が引っかかって二点に関してプロデューサー側からの応答も読んでみたい。

そういうジャンルがあるのかは分からないが、ミドルクライシスもの、メランコリック中年のエッセイ風映画が大好きである。過去例で言えば、『ブルーヴァレンタイン』『クレイマークレイマー』『her』『500日のサマー』『マリッジストーリー』『カミーユ、恋はふたたび』とかが近いでしょうか。

今年もそのジャンルの良作がありました。『私は最悪』『カモンカモン』、中でも『セイント・フランシス』は傑作。女性の「生理」をここまで物語に落とし込んだ映画を観たのは初めてかもしれません。生き辛い日々の中、どう自分らしく生きるか。物語の根底には、アメリカの共和党的思考性や福音派、トランプ時代の陰謀論への違和感も見え隠れします。そして、タイトルにもあるように、何を救済とし、心の支えとして日々を送っていけばいいのか。映画のラストには涙が出ました。

ここからは、印象に残った各作品への雑感。
THE BATMAN-ザ・バットマン-』カッコよかったです。楽しみました。ニルヴァーナが似合う似合う。
マイケル・キートン、ヴァル・キルマー、ジョージ・クルーニー、クリスチャン・ベール、ベン・アフレック…こんな短期間でリメイクされまくるバットマンというキャラクターの深さを感じつつ、このシリーズがもはや歌舞伎の代表演目のように、若手役者の登竜門的作品になっているのだなと思いました。昔でいえば、007のジェームスボンド役なんかが若手俳優世襲制キャラクターでしたよね。暗くて奥手で孤独な2.5次元俳優に、ある一定の人気と注目が集まっているのでしょうか。

ラストナイト・イン・ソーホー』丁寧に作り込まれた作品。ヒッチコックを想起したり『マルホランドドライブ』を思い出したりしながら楽しんだのですが、どこか〝女性の映画〟という打ち出しが作為的に感じたりもして…。モヤモヤしつつも「まぁ楽しかったしいいか」って感じで流していました。
で、後から北村紗衣さんの批評を読み、(全てに賛同するわけではありませんが)自分のモヤモヤが晴れ、もっと意識を変えていかねばなぁと反省しました。このエドガー・ライト監督もそうですが、90年代~2000年代のサブカルチャーを下地に作品を作っている監督には同世代的なシンパシーがあります。ですが、ここにきてその世代のクリエイター達が悉くダメなのも気になっています。己の事でもあるので身に染みてます。ディテールの上手さ、オタク的な完成度、高度なテクニックで毎回楽しませてくれちゃうので、作品の弱点を巧妙に隠せているのです。なので、過去作ではそんなに違和感なく観れていたのに、今作のようにジェンダー問題をテーマにした途端に馬脚を現してしまう。「知ったかぶり」がバレてしまう。視点をどこに寄り添わせるべきか間違ってしまう…。より自由な表現を得るために更新しないといけませんね。

ここからはリバイバル作品も交えて。

オネアミスの翼』観ました。観ちゃいました。
商売柄、アニメを映画館に見にいく事は滅多にありません。良くても文句を言い悪かったらもちろん文句を言い、そんな感情に一日中振り回されてしまう事自体が面倒臭く、自然と足が遠のいてきました。穏やかに幸せに暮らしたいものです。
そんな中、まだアニメ業界に入る前に、キラキラした瞳でスクリーンで鑑賞した『オネアミスの翼』が、あの『王立宇宙軍』がもう一度上映すると耳にした。当然『エンドア 真空の妖精』との併映はない。各回入れ替え制の単独上映だ。藤沢オデオン二番館でなく、バルト9というシネコンです。
それでもまだ、「もう過去の事なんだから」と抵抗を続けていました。「いや、もう観ない」「頭の中でリバイバル上映し続けてきたから」とか言いながらも、「知ってる? 『オネアミス』がまた映画館でやるんだって」と自分から話を振ってしまったりして。
……で、魔が刺した。魔に刺されたかったのかもしれない。。
オープニングのモノローグ。あの音楽。
懐かしかった。あの時代、私が憧れていたアニメは確かにあった。アニメが一生懸命〝映画〟になろうとしていた時代のアニメだった。幻じゃなかったんだなと改めて思い、私は仕事に戻りました。

『お引越し』相米慎二監督作品。没後20年の特集で見直しました。 何度目かの劇場鑑賞だったのですが、やはり良かった。相米作品の中でも今作は誰にでもおすすめできる。過剰さとイビツさが売りの相米作品においてとにかくバランスがいい。後に多くの作品へ影響を与えた事も含めもはや殿堂入りだと思う。特集上映では他の相米作品も堪能しました。
ただやはり、今から見るとあの頃の相米演出については引っ掛かりが生じる。ハラスメント演出ではなかったかという問いだ。制作時の話を見聞きするに(あくまで私見ですが)、ハラスメントの要素はきっとあったのだろうと思う。ただそれが、相米師匠(先生)による徒弟制教育だったという側面も含んでいた。大人がちゃんと大人だった時代にはそれが通用した…のかも知れない。いち観客の私には分からない。
現代の映画業界で起こっているような、〝加害を目的にした映画制作〟が行われていたわけでない限り、感情的な過去作品封印には反対だし、早い規範作りが必要だなとも思う。

死んでもいい』石井隆監督。これも久しぶりの劇場での鑑賞。国立映画アーカイブで「1990年代日本映画~躍動する個の時代」という特集をやっており、そのラインナップの一作。奇しくも二月に鑑賞し、五月に石井隆の訃報を聞いた。
私は竹中直人さん経由で石井作品を知り、後追いで漫画家時代やロマンポルノ時代の作品を鑑賞した。初めての出会いはこの『死んでもいい』だ。大竹しのぶの美しさ哀しさ。名美と村木の堕ちていく恋。ちあきなおみの歌を覚えたのも石井隆経由だった。
ネオンと雨とちあきなおみ。溝口健二から続く昭和の男女の情愛が、石井隆で静かに幕を下ろしたようにも思える。石井隆脚本、相米慎二監督の『ラブホテル』も忘れ難い。つくづく、こういう映画はもう観られないだろうなと思う。

ゼイリブ』面白かった~!特集、ジョンカーペンターレトロスペクティブ2022で観た。エポックが多い。レンタルビデオ全盛期に借りて観て以来、劇場鑑賞は初めてだった。『ザ・フォッグ』も面白かった。
無駄がない。余計なサーヴィスもない。最短で映画を伸ばして広げて終わる。飛躍の加減も絶妙だ。『ゼイリブ』のあの長い殴り合いも、ラストのあうんの目配せからの発砲で一気に友情へと転化する。気持ちいい。
ジョンカーペンター、トビーフーパー、サムライミ、クローネンバーグ、デヴィッドリンチ、ブライアンデパルマ……今振り返れば、みな芸術家のような存在に思える。

町山智浩さんが熱くオススメしていた事を思い出し、年末に「名優ポール・ニューマン特集 碧い瞳の反逆児」という特集で、『暴力脱獄』を観た。初見だ。大傑作だった。確かに『ショーシャンクの空に』の大元ネタだ。むしろ、この映画を見る事で『ショーシャンクの空に』の飛距離が伸びたほどだった。
『暴力脱獄』はタイトルに見合わぬほどのキリスト教文脈の映画だ。冒頭、酔っ払ったポールニューマンがパーキングメーターの首を落としていく。それだけで引きつけられる。物語が進み、ポールニューマンに投影されたキリスト像に気づくにつれ、骨太で普遍的なテーマが透けて見えてくる。牢獄とは、労働とは、人生とは……。看守に痛めつけられ、卑屈に薄笑いを浮かべるようになってしまったポールニューマンに、それでも期待し続ける周囲の囚人たち。どこか、マーティン・スコセッシ監督『沈黙 ~サイレンス~』のキチジローを連想した。素晴らしい作品だった。

映画ではなく、連続ドラマですが年末に放送(配信)された『仮面ライダーBLACK SUN』と『エルピス ~希望、あるいは災い ~』にはとても楽しませて貰いました。
『仮面ライダーBLACK SUN』は戦後左翼史を遡りながら、差別とデマを駆使して権力を維持する現政権が同根から始まっている事を見事にエンターテイメントにしていた。仮面ライダーというフィクションを使って批評してみせる手腕に興奮しました。映像的にはもっさりしている所もあるように感じたのですが、この年齢になって仮面ライダーに夢中になるとは思わず、物語のラストで少女が反差別プラカードを持って一人立つ姿には素直に感動しました。

『エルピス  ~希望、あるいは災い ~』も楽しかった。もともと渡辺あや作品は毎回チェックしていて、最近ずっとNHKとの仕事が続いていたので、今回のスタッフチェンジにはドキドキしていました。
やはりモノローグが素晴らしいですよね。特に鈴木亮平と長澤まさみとの関係には唸りました。森達也的なメディア批評を含みながら、それでも個としてできる戦い続ける主人公たちに共感しました。物言う弱者への叩き、保身からくる事勿れ前例主義、選択肢を奪いながら自己選択させ追い詰めるやり方…などなど、ドラマの中にどんな組織にも起こり得る普遍的な問題を見る事ができます。限界と抵抗の繰り返し、こんなにも重い題材を面白いドラマにできるなんて。

あと、観て良かった作品としては、
『ニトラム』『リコリス・ピザ』『三姉妹』『偶然と想像』『サウンドオブメタル』『ポゼッサー』『アネット』『ヘルドッグス』『サマーオブソウル』『水俣曼荼羅』『わたしの話 部落の話』『スープとイデオロギー』『グロリアス 世界を動かした女たち』『パワーオブザドッグ』『最も危険な年』『ハウスオブグッチ』『裸のムラ』『雪道』『太陽が欲しい』『ウィンター・オン・ファイヤー ウクライナ、自由への闘い』『名もなき人々の戦争』『アトランティス』『リフレクション』『アルゼンチン1985』『西部戦線異常なし』『ナワリヌイ』『秘密の森の、その向こう』『クロティルダの子孫たち』などがありました。

また来年も良い作品を出会えると嬉しいな。
長文おつき合いありがとうございました。


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