2019年、スプラトゥーン2

「そういうわけで、オフィスワークからテレワークへ、オンプレミスからクラウドへ、ユーチューバーからバ美肉へ、オフパコからエロイプへ、実在から仮想へ。すべてはディスプレイのきらめきの中へ。今振り返るとちょうどこの時が時代の境い目だったのかもしれません」
私の心の中の論説委員はひと息に最後まで言い切ると、足元に置かれていた黒いスツールに静かに腰を下ろした。言うべきことをすべて出し切った安堵と疲労のせいかほとんど後ろに倒れかかった斜めの姿勢から足先の少し先の床に向けられた瞳の瞳孔は開いたままで、腕をダラリと両脇に垂らしたその姿はまるで糸の切れた木偶の坊だ。「本当に言いたいこと」をすべて吐き出してしまったのだ!
やがて、その薄い頭頂部を照らしていたスポットライトが少しづつ弱くなっていき、スツールの上の黒い影が人間であるかどうかもわからないほどに暗くなった。そして、最後までぼんやりと光を反射していた頭頂部の楕円の残像だけが視界に残された。

年相応の運動不足にさいなまれていた私も昨年2019年にいよいよ重い腰を上げてスポーツを始めた。スポーツといってもイーの方のスポーツ、すなわちeスポーツだ。2018年の年末にサンタからもらったNintendo Switchと『スプラトゥーン2』を娘たちが楽しむのを後ろから見ているだけでは飽き足らず、e運動不足を解消しようと、その世界に飛び込んだのである。

そこが修羅の国とは知らずに、数年前のゲーム機を持っていなかったあたしは嫉妬混じりにさかしらぶったツイートをしたこともあったね。

ゲーム機のコントローラーを握るのは10年以上ぶりで、最近では当然のことなのだろうが、ゲーム内で得られない詳細な情報がインターネット上に散らばっている。他プレイヤーとの戦いに勝利するためにはゲームをしていない間でも検索を重ねて、知識を蓄えなければいけない。インテリジェンス戦争。《渋谷はいま戦争状態みたいだ!》

たとえば道重さゆみというアイドルのことはほとんど存じ上げなかったが、以下(イカ)のような動画を見るととてもゲームが堪能であるという知見を得ることができた。

彼女はこの2本の配信の間の短い時間でもウデマエを上げているが、反射神経の衰えた中年男性が家族が寝静まった後のリビングの床にマッチング中に畳むための洗濯物の山を積んで、音量を抑えて眠気に耐えながら画面の中のキャラクターを動かそうと虚しく振りまわすタコ踊りのようなコントローラーさばきでは、Aより上がれない。この先にはA+、S、S+0、S+1、S+2、S+3、S+4、S+5、S+6、S+7、S+8、S+9、そしてXと果てない道が続いている。ゲームの世界でも辛酸を舐めるばかりだ。

混迷を極める世界情勢でこの夏のスポーツの祭典が開催されるかはわからない。しかし、突然休校になってしまった子どもたちの“身体は闘争を求めて”ガチマッチのステージに殺到しているという風の便りも聞こえてくる。スポーツからeスポーツへ、実存から仮想へ、まさにこの時が時代の境い目だったのだ…

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