71期生はダイヤモンドクロス時代の最後の音楽学校生かも。
愛媛県松山市には「ダイヤモンドクロス」という、列車の線路が平面上で直角に交差する場所があります。
今、現存するのは3箇所。
①名古屋鉄道築港線
②高知のとさでん交通
③松山市の伊予鉄
私が住んでいたところにもダイヤモンドクロスはありました。
阪急電車です。
西宮北口駅の構内で、神戸線と今津線が交差していました。複線同士の交差はかなり珍しいものだったようです。
ここを走るときには速度が出せないので、ガタタンガタタンとゆっくり走っていたのを覚えています。
ダイヤモンドクロスは昭和59年3月になくなりましたが、昭和59年って、1984年なんです。轟悠さんは71期生で、宝塚音楽学校に入学したのが1983年ですよね。
何かのトークで轟悠さんが「音楽学校時代に電車を乗り間違えて同期を1時間待たせた」と言っていたんですけど、これは今津線のことだと思います。
すみれ寮の最寄り駅は宝塚南口。ここから電車に乗って待ち合わせするなら一駅向こうの宝塚なはず。
乗り間違えるなら、今津線を今津まで行ってしまったということになると思うんだけど、
ダイヤモンドクロスが分断されてからは、今津線は宝塚ー西宮北口間と西宮北口ー今津間の2つに別れていて、宝塚南口から西宮北口まで往復しても1時間はかからないんですよ。せいぜい30分〜40分といったところ。
ということは、轟悠さんが同期を待たせたのは1984年の3月以前、つまり予科生の頃だったということになります。宝塚南口から今津までなら往復すれば1時間ぐらいにはなったと思いますから。
だからそのときは、ダイヤモンドクロスのガタタンガタタンを味わう余裕もなく、同期を待たせてしまって焦ってるカワイイ予科生時代の轟悠さんがダイヤモンドクロスを通過していた、ということになるのです。
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