「読者に読解力が無いせい」……誰の読解力が抹殺されているのか
※小説家になろう、二〇二三年五月のエッセイから、転載です
オラ、アミーゴ・アミーガ☆
三屋城です。
三屋城、と書き込むのに「みやしろ」と打ち込んでいるため。
先日ついに自分のことをみやしろいちこと自己紹介してしまいました!
いや、みやしろでもいいんですが、もしサインなんてすることになったら一文字多いのってお相手待たせる速度になりそうで。
え? そんな機会があるのかって?
勿論ないですよ☆
三屋城です。
先日インターネットを散歩していましたら、定例の「読者の読解力が心配」というのを目にしまして。
つい思考の海へと潜ったわけです。
そこにドンピシャで、ChatGPTについての鳥取県知事の見解の記事が目につきましてね。
ChatGPTと「読者の読解力が心配と言う人」の共通項がなんか、見つかったような気がしたので、これを書いています。
結論から言うと、どちらも問題の具体的な解決方法を提示できない、です。
インタビュー記事で知事が、ChatGPTは政策を進ませるような提案はしてこない、と言うようなことを話していました。
「読者の読解力が心配と言う人」も、自作が読まれない、それならまだしも読み込みが足りない感想がきた、等言った上で「読者の読解力低下」を訴え心配しています。
が、じゃあその読解力をどう底上げするのか、一体成長過程のどの地点に課題があるのか、そこへのアプローチ方法、等々への言及がないのです。
なんだか、ヘンテコに感じました。
心配、しているのですよね?
未来、案じているのではないでしょうか?
その心配している対象は、具体的には「どなた」ですか?
答えられますか。
私もそうだったからなんとはなしにわかるのですが、対象者、思い浮かばないと思います。
「もう少し読んでもらえるかも知れないのに」という、埋もれたことへの、自分の出力した文章への、期待がそう言わせていることが多いからです。
読んでもらいたい相手は誰でしょうか?
私は上記の思い、他の方々のいろんな見識を吸収した上で改めて考えました。
活動報告(小説家になろうの機能の一つ)にも書いたような気もするのですが。
誰かの何かになれば、御の字。
行き着いたのはこれでした。
だから、そのための分母が欲しかっただけだったのです。
ですがこれって、叶えるためには何が必要でしょう。
ウェブ上で叶えるためには、当然、ウェブユーザーに刺さる方向性でないと無理です。
書籍などでは当然、それに対応したものが求められるでしょう。
同人にもきっと、相応のノウハウがある。
そして当然、広告、広く世間の目に触れる動線、またその機運も関わってくるのだろうと思います。
勿論私が言葉を書いている主たる理由は「残してみたい」という大変なエゴでもあるので、動機が違えば十人十色の結論が出るかとも思います。
けれどそれは、決して、読者のせいでもなく。
そして、勝手に相手の読解力を心配してそこに原因を探るものでも、ない。
ましてや「なろう系」小説群にもない。
今私はそのように考えています。
最後に、なぜそのように考えられたのか、という点について。
自分上げ! で書いていこうかなと思いますよ☆(をい)
私の人生は口論と共にあった、と言っても過言ではなく。
相手の言葉を聞き咀嚼し、自分の思いを言語化し、そして丸め込むのが日常でした。
言葉が悪いので言い直すと、自分と相手の妥当点を常に私が見つけないと、とんでもない方向へとぶん投げられかねない毎日でした。
なので、ふんだんに思考厨です。
そして言いたがりぃです。
多分もう癖なんだと思います。
だから結構な割合でウザがられもしてるのではと推察します。
しょうがない。
ただ、これだけ言わせてください。
読解力読解力言う人、結構な割合で「自分の作品をどんな相手にどの場所で伝えたいのか」、「読解力がどうやって身につくのか、現状の何がその低下を招いているのか」。
突っ込んで調べてないですよね??
読解力と共に想像力って必要です。
ぜひ、その辺もう一歩調べた上で思考して、私と色々おしゃべりしましょう!(ウザ絡みするスタイル)
ちなみに、私の読解力低下への改善箇所案は、「ネットにガッツリ触れる年齢にはもう、ある程度自立し自身で取捨選択する身になっているので、底上げしたいなら幼少期・児童期へのアプローチ必須」です。
え、ネット上の議論に元も子もないって?
いやだって、現実ってネットだけじゃないですよ。
参考資料ページ
OECD生徒の学習到達度調査2022年調査 パンフレットhttps://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2022/01_point.pdf
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